
佐藤英輔のライヴ三昧 Diary noteから引っ越し中
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2001年9月1日〜29日
28日(金)
ニルス・ペッター・モルヴェル
ECMが送り出した(今は、離れている)、現代ジャズのキー・パーソンてな捉えられ方もされるノルウェーのトランペッター。なお、取材したとき彼はECMの社長/プロデューサーのマンフレッド・アイヒャーのことをアイシャーと発音していた。はあ、ノルウェー読みだとそうなのるのか。
お台場、TLG。普段は入れ換えなしの二部構成でやるハコだが、この日は休憩入れずで演奏。DJ、ループ音、ギター、ベース(電気のみ)、ドラムスという編成にて。外見がなかなか恰好よいギタリストのアイヴィン・オールセットは変なプレイに終始。ちょっと興味深く感じたが、ジャズ・ランドから2枚出ている彼のリーダー作はぼやーとしたことやっててぼくにはあまり面白くない。と、そのことを会場で会った人二人に話したら、二人とも彼の表現を好きだという。ふーん。
電気マイルスの影響から離れて今を……、ということにさんざん腐心して来た人なんだろーな、ということを再確認したりもした。
22日(土)
デート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン、パニック・スマイル、ボート
サックス奏者、菊地成孔率いる笑顔の大所帯バンドのレコード発売記念ライヴ。渋谷・クアトロ。
前座が複数あった公演だけど、トップに出るBOATを見たかったので、素直に最初から見る。今年出た彼らのミニ・アルバム、とにかく大好き(その前のアルバムは聞いておらん)。あんなにギターがあふれた、自由で幸福なロック・アルバムもそうはないぞという感じをぼくは得たのだ。バンドはジミ・ヘンドリックス曲が流れるなか登場。なるほど、ほぼレコードのまま。ただ、歌パートは少なくなってて、ほとんどインスト・バンド状態。意外に広がりには欠けると思わせる部分もあったかな。リズム・セクションなど、女性奏者が多いのは楽しいんだけど。
続いて、4人組のパニック・スマイル。ナンバーガールと仲良しだった福岡のグループということは知っていたが、こういう音楽をやるグループだったのか。『太陽と戦慄』のころ、そして再結成してからのキング・クリムゾンのコンビネーションを下敷きにするような、ギター2本がいろいろ狼藉するグループ。変拍子も多用、ドラムスは女性で、テーマ部では音楽性と合わないほのぼのとした歌を入れる。でも、それが今っぽいと思わせるか。ちょっと、NYのそれ風なところもあった。メンバーがもう少しファンクとか愛好していれば、ぼくはもっと気に入っただろうグループ。技量もあり。意外に曲は長くなく、きっちりと抑制する分別もあって、それが物足りなくもあり。少なくても、今のソニック・ユースよりはぼくは楽しい。まあ、初めて見るわけで、新鮮だということもあるだろうけど。遠目で見る、ナマハゲ状態の一人の外国人ふうギターは髪を切る前の吾妻光良のようで思わず笑った。それから、おさわがせしまた、というポツリMCにも。
デート・コース~は大所帯ゆえ、ステージのセッティングの時間がかかるためか、その前にキャプテン・ファンクがDJをする。ここでの彼は主役のノリに合わせるところもあってか、けっこうジャジィだったり、アヴァンギャルドだっりするものを結構繋げていた。なんにせよ、確かな感覚を持つ人だよなーと思う。
そして、デート・コース。ステージ上には(おそらく)11人。2キーボード、2ギター、2リード、2パーカショッン、2ドラム、ベースという内訳。ついでにベースも、エレクトリックと生の二人でことにあたればいいのに、なんて。
で、菊地はなんとサックスは一切吹かず、キーボード(ときに、サンプラー)を担当する。そのテンションをつけようとする押さえ方や指揮の仕方はもろにマイルス・デイヴィスの70年代のあり方を思わせるもの。というか、ギャグっぽくイケイケでそれを踏襲する。ハハ。とくに、1曲目はもろにマイルス・マナーに沿った曲で大笑い。もう、菊地は大袈裟に指示だしまくり、それにバンドは呼応する。
3曲目は菊地雅章の「サークル/ライン」。ぼくもコンピ盤『フリー・ファンク』の<ソニー・レコーズ>編で無理矢理入れた、一部の人にとっては金字塔的名曲。ちょっとアフロっぽいところを加味しているいがい、ほぼコピーと言える感じで披露していた(後半部は別曲となる)。そして、ジミ・ヘンドリックスの「ヘイ・ジョー」。この曲、プーさん(菊地雅章)も、テザート・ムーンで取り上げているな。後半部にならないと、「ヘイ・ジョー」であることは判らなかった。
それにしても。場内は満杯。とっても嬉しかった。
21日(金)
エスマ、梅津和時こまっちゃクレズマ
前座で梅津和時ひきいる、こまっちゃクレズマ。彼なりに、クレズマをやっちゃうバンド。
ところで、文章において、対象アーティストについて、“さん”とういうような敬称を付ける人をぼくはナンダカナーと思う。いくら尊敬しようとも、世話になろうとも、原稿にするときは他の人と同様に敬称略で書くのが、分別というものではないのか。そんななか、梅津和時は梅津さんと書きたくなる数少ないアーティストである。生活向上委員会、そしてドクトル梅津バンド(DUB)は本当に好きだった。そして、音楽性とともに、なんかその姿勢が好きなんだよなー。ところが、彼の新大久保ジェントルメンもそうだが、非米国的音楽に不埒なフリして生真面目に(それが、彼のいいところなんだけど)のぞむときの彼のそれはなんか心からは楽しめない。ワカるんだけど、どうもイケない。
でも、ぼくの感性が絶対ではないし、後からうわあって感じるかもしれない。ま、そんなもんである。なんか、山岸潤史をスキンヘッドにして髭を剃り眼鏡をかけせさせると、けっこう梅津に似るのではないのか。ステージを見ながら、ふとそう感じた。
さて、エスマ。ちらしでは、彼女のことを“マケドニアの美空ひばり”という紹介している。大御所なのかあ。でも、ゲンブツは写真よりかもう少し若く感じるか。なるほどの、喉の持ち主。前半部はとくにビミョーなヴィブラートの付け方が耳に入る。また、葬式の歌だか、寸劇っぽい設定がなされたそれは猛烈にJBのマント・ショーを思い出させた。その実演に関して、詳しく書く知識と力量を持ち合わせていないが、素晴らしい味を持つショウ。バンドはおそろいの服を着ていて、さすがコチャニ・オーケスター(9月2日)より、もっとプロフェッショナルな感じも得る。みんなでコーラスつけたりもするし。一人カーツェル(シンセサイザー)奏者がいて、ストリングス系音やベース音やギターみたいな音を巧みに付けたりもしていた。
その質と味にもグっ来たが、こんなおり外タレ公演が何事もないように開かれているという事実にもとてもホっとする。例の9.11テロ事件で、DJロジックやブライアン・ウィルソン公演などアメリカ人の来日公演は中止になっている。そりゃ、いろいろ考えることもある。事件現場には去年の夏にライヴを見に行っていたりもするし(8月16日)。なぜ、こういうことが起こったか、どういう積み重ねがあるのか、もう少し報道される必要があるんじゃないか。ああ、アメリカから出てくる音楽を愛好していて、こんなにブルーな気分になろうとは……。信念をもって、しなやかに行こう。
12日(水)
アッシュ
CDを聞くぶんにはなんら興味を持てない、英国中堅バンド。でも、この日の夜、なにも用事が入っていなかったので見にいく。実演に触れることで、CDだけでは判らなかったことを発見できるかもしれないしね。決めつけはよくない。それに、お気に入りの人のライヴだけ見にいくのは、プロの書き手としてどうかとも思う。たとえば、CDだと、好きな人のブツだけを聞いている人は絶対いないでしょ。ダメもとで、あまり興味のない人の新譜をチェックするということは日常茶飯事のはず。プロであるならば。いいものもダメなもの(と、書くと語弊があるが)もいろいろと聞いて、自分なりの音楽観を育んだり、評価軸を作っていくんではないのか。ライヴに関してもそれとまったく同様、ぼくはそう考える。それに、送り手の身の処し方や恰好、受けて側の様子に触れるのも興味深いというか、ポップ・ミュージックならそういうことも重用な評価を下すうえでの要素となるであるだろうし。
赤坂・ブリッツにて。結論はやっぱ何が面白いか皆目判らないバンドだった、残念ながら。耳を引かれたところ、ゼロ。なんの創意工夫もない、進歩のないロック感覚/ロック流儀を、自分たちの声と手癖で披露しているだけ。でも、そう書いてしまうのはフェアじゃないかもしなれない。同じ旧態依然としたものでも、それがアーシーなロックンロール・バンドだったらぼくはニッコリ見れているはずだから。ようは、ぼくがトップ・クラスに苦手とするロックのパターンを踏襲している連中ということなんでしょうネ。
6日(木)
ロニー・プラキシコ
やる場所は一杯あるし、呼ぶ人もたくさんいる。ありゃ、あの人来てたの、てなことはけっこうあることだ。ロニーさんもそうなる可能性大だったのだが、前日に知って、南青山・ボディ&ソウルに見に行く。
スティーヴ・コールマン、ジャック・ディジョネット、ゲイリー・トーマス、グレッグ・オズビー他、NYの意気盛ん系プレイヤーとの絡みでお馴染みのベーシストがロニー・プラキシコだ。カサンドラ・ウィルソンともずっとやっていて、ここのところの彼女のライヴではミュージカル・ディレクターと紹介されている人でもありますね。彼の2000年作はカサンドラがプロデュースしている。
そんなプラキシコはブルーノートに移籍して『Melange 』という新作を出したばかりなのだが、実演もまったくそれに則ったもの。ピアノ(カサンドラ・バンドのジョージ・コリガン。彼のみ白人)、テナー・サックスとトランペット、ドラムというクインテットにて。ちょっとリズムが縦に弾む、まっとうなコンテンポラリー・ジャズを繰り出す。プラキシコはほとんどエレクトリック・アップライト・ベースを弾く。それは、持ち運びが楽だからとのことだ。フロントに立つ二管はまっとう。とくに25歳のトランペット君はかなりの実力者。コリガンは5分の2では、オルガンを演奏する。それについては、可もなし不可もなし。も一つ弾けたもん、色気ががほしいという気もしたが、オイラの真面ジャズを作りたいのダという意欲は十分に感じられるもので、喜んで見れた。一部も二部も日本人トランペッター/シンガーのTOKUが途中で加わる。悪いが、ぼくはもっとクインテット演奏が聞きたかった。
休憩時に、プラキシコと少し話をする。新作の1曲目でタワー・オブ・パワーの「スクィブ・ケイクス」をカヴァーしているのだが、少年時に好きだったハービー・ハンコックのヘッドハンターズ曲かタワー・オブ・パワー曲(両方ともベイ・エリア発表現ですね)のどちらかを今作で取り上げようと思ったのだとか。現在、彼はスキン・ヘッド。実は、前はフィッシュボーンに入っても全然違和感のないようなかっとんでたヘア・スタイルをしていた。あのときの彼のすさまじくカッコいいこと。あれはジャズ至上一番と言っていいぐらいのものであったとぼくは思っている。やっぱ、オレ、基本的に男もルックスいいほうが好きなんだろうナ、たぶん。
2日(日)
タラフ・ドゥ・ハイドゥークス、オコチャ・オーケスター
渋谷・AXで、上記のバルカン半島のアーティストが出る“ジプシー・サマー2001”という公演を見る。
まず、マケドニアのコチャニ村に住む方々による、コチャニ・オーケストラ。チューバ奏者が三人もいる、ブラス・バンドだ。で、怒濤の異臭攻撃。翌日にインタヴューしたのだが、リーダー格のサックス奏者(48歳って言ってたかな)とともに、アコーティオン奏者(25歳)とシンガー(21歳)が同席。じじいを出すと話が収拾つかなくなるから、若い奴らを借り出しか? ところで、ありゃと思ったのは、その3人のエスニック・ルーツが見かけ的に全然違うぞと思わせられたこと。リーダーはちょっとアジア中央のほうが少し入りつつ、一番バルカン的なイメージに近いそれ。アコーディオン奏者はデブだが色白の東欧顔。そして、華奢でハンサムなヴォーカルくんは中近東とインドが重なったような感じ。それを問うと、なんでもアコーディオン君はマケドニア人で、他の二人はジプシーだとサラリと答えてた。彼らは、また11月にやって来る。それまでに、8月のツアー中にイタリアで録ったというアルバムが出るといいが。
休憩時、ロビーでは梅津和時ら大勢の日本人ブラス軍団による演奏が繰り広げられる。彼らは開演前もやっていたらしい。もうアンサンブルとか技量の確かさとか、そういう面は間違いなく日本勢の勝ち。でも、それだけじゃないもんがあるんだなーと、続けざまにやられるとよく判る。でも、彼らもいい感じ、でした。
それから、昨年の来日(5月21日)に続いてやってきた、ルーマニアのタラフの面々。こっちは似たような感じを持ちつつ、弦楽器が多くなる。アンコールはコチャニが合流し、さらには日本勢も加わった。
プロダクションが上々な公演ではあった。普段は建物の入口で入場チェックをするところ、この日はもっと手前の門のところでそれをやっている。ようは、建物と外を自由に行き来できるようになっている。そして、建物の外には十分な数ではないものの椅子やテーブルが置いてある。しかも、この日は非常に気持ちのよい、秋が入ってきたかなという天候。外にいるのがやたら気持ちいい。いやいや、なんか慎ましやかな幸せを感じちゃいましたね。普段、フツーにコンサートをやっている会場でも、やり方によってはこんなに開放的に行けるんだな。とても人間的な音ともあいまって、非常に印象深く感じた。
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by eisukesato
| 2001-09-01 00:00
| 音楽
|
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2001年8月1日〜24日
24日(金)
オマール・ソーサ
お台場のTLG。先に(8月3日)キューバ亡命ジャズ・マンの悪口書いたけど、現在は米国西海岸に住んでいるというピアニストのソーサもそうなんだっけか。でも、彼は悪くないです。なんか、ゲット・セットV.O.P.のアルバム・ジャケットのマーク・バトゥソンを思わせる外観も好感を抱かせるものだし。
ジャズやラテンを下敷きにしつつも、ヒップホップ等の要素も取り入れたことをやる人物。来日メンバーは、もろにジャズ流儀のリード、ベース(生中心)、ドラム、パーカッション。そして、男女のシンガー。うち、男性のほうはシンガーというよりは、ポエトリー・リーディングみたいな語り調のものを噛ます。女性はスペイン語だったが、彼は英語でやっていた。アルバムにおける、その折衷の様子はいまいち判らんという部分もあるのだが、生だともっと輝きが増す。というか、コレデイイノカモという、妙な説得力が健全なエンターテインメント精神とともに溢れ出てくる。素直に拍手したいと思う。アンコール時にやった、小さなマラカスとピアノのデュオは聞かせました。
22日(水)
ベイビーフェイス
渋谷・AXにてのショー・ケース・ライヴ。フルのバンドを従えて、1時間強。彼の実演を見るのは、だいぶ昔に千葉県のNKホールで見たとき(道が込んでいて到着が遅れ、半分しか見れなかったんだよなー)しか記憶にねえなあーと思っていたら、それ以来なのだとか。良かったァ、モーロクしてなくて。
椅子に座ってアコースティック・ギターを爪弾く写真は、彼が左利きなせいもあり(実は、弦の張り方は右のレギュラーと同じ、というのは本当か?)、実は同様のシチュエーションのジミ・ヘンドリックスの写真と本当にそっくりになる。それ、本人意識してのことではないか。前日にインタヴューしたのだが、さすがに聞きたいこといっぱいあって、そこまで聞く余裕がなかった。とにかく質感が太くなった新作について、「今回はソウル・アルバムを作りたかったんだ」。明快。なるほど、納得。いい意味での照れを持つ、好人物。女房のトレイシーは本当にいい女だが、あんたなら許す、そう思わせられちゃう人であった。
19日(日)
サマー・ソニック2001
翌日、まずザ・カルトを見るが、これは良かった。望外。重量感とロック的心意気とエンターテインメント感のまっとうな効果的掛け合わせを具現していたステージだった。そのフロント・マンのいい人ぶりは、フジ・ロックのパティ・スミスと重なるところ、大アリでしたね。いやあ、ヴェテラン万歳。スタンドから踏ん反り返って見るのも、悪くない。
その後、メッセのほうに移動。イールズはディープ・パープルの「ウーマン・フロム・トーキョー」をちらりと披露してびっくり。俺、昔この曲大好きだったんだよナ。幕張メッセ会場のほうは、ステージのないブロックに椅子とテーブルが沢山出ていて、まったり和める。いやー、知り合いと酒盛りになっちゃったなー。
18日(土)
サマー・ソニック2001
今年は、幕張の千葉マリーン・スタジアムと幕張メッセ。夏休み中でもあるし非常に危惧するものの、意外に道がすいていて、1時間弱で会場に着く。ニっ。昨年(8月5、6日)とは雲泥の差。場所自体の資質も去年よりはずっとマシだ。
初日のお目当ては、ビラル。他の好きなアーティストはすでに単独で見ちゃっているから。あ、ラッセル・シミンズのステージは昨年出たアルバムがとっても好きだったので見たかったが、早出するのがイヤで最初から諦めた。
ともあれ、ビラルは今年デビューした黒人アーティストのなかでは一番いいゾと思わせる存在。歌と曲と伴奏のバランスがよろしい。ソウル・クェリアンズ一派とも言えるだろう彼のステージは、10人ものバンド/コーラスを引き連れてのもの。その髪形一つをとっても、普通の黒人からは離れていると思わせると再確認した。アルバムで感じさせるほどの粘着感覚と隣り合わせのヘンてこさを味わえたわけではないが、満足。後半にジミ・ヘンドリックス曲のカヴァーをやる。
この日、スタジアムのほうのベックはばっちりレコーディングしたのだそう。本人さえOKが出れば、『ライヴ・イン・ジャパン』として日の目を見ることになるとのことだが……はたして。その前の来日ライヴも同様に録られたのだが、そのときはボツったというから。
10日(金)
ニッティン・ソウニー
なんと、ぼくがカサンドラ・ウィルソン並のタレントと信じて疑わないジェリーサ・アンダーソンが同行していた。びっくり。忙しくてネをあげているぼくにとって、とんでもなく嬉しいプレゼントではあったなー。彼女の『ランゲージ・エレクトリック』に続く、新作用の曲なんですよと言われ、4曲ぶんと、そのリミックス・ヴァージョン(アルバム全曲ぶんらしい)を某所から入手したのはすでに2年は前のこと……。うーん、彼女ちょっと太ったかな。ともあれ、嬉しそうに歌っていて、何より。
不思議なショウ。ソウニーさんはインド系英国人で、自分のルーツにあるものとクラブ的語彙を粋に噛み合わせたことをやる人なのだが、ライヴだと別の面が出てきてびっくり。もともと劇バンとかで評価を得た人なのだそうだが、なんか“痒い”んだワ。ときに、彼がキーボードや生ギターを弾きながら歌う、あの綺麗きれいしたパーツはなんなのか。そこにある感覚は、ムードで小泉純一郎を支持しちゃう層にあるメンタリティと共通するものではないかと思わせるもので、ぼくはちょっとイヤな気分になった。
同行メンバーは非常にちゃんとした人達。随所に込められる、サポート陣たちによる“インドの襞”はさすがと唸られた。だが、親分が生だっとちょっとなーというのが、ぼくの感想だ。南青山・ブルーノート東京。ファースト・ショウを見たが、2回目以降はけっこう違う印象を与えるものであったとも聞く。
3日(金)~5日(日)
ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル・イン・斑尾
今回の同フェスの目玉はウェイン・ショーターにつきる。で、このジャズ巨人、期待以上の演奏をしていきやがった。俺は震えた、打ちのめされた。
カルテット編成。ダニーロ・ペレス(ピアノ)、ジョン・パティトゥッチ(生ベース)、ブライアン・ブレイド(ドラムス)を従えてもの。いや、従えてと書くのは、不適切か。中央にはどっしりとショーターがいて、彼がその入口でリーダーシップを取っていたのは間違いない。だが、出口にあるのは、鋭敏なアンテナを張りめぐらし、全員でインプロヴァイズし合ってこその音。4人は延々と音を連鎖させていく。だが、それが有機的なものゆえ、全然飽きない。ピリっとしているのに、ときに牧歌的でさえもある。テーマをとってソロを回すなんて陳腐な様式とは無縁の流動演奏。本当に素晴らしかったなあ。
彼らの演奏が始まると、ステージ横には他の出演者がズラリ。うーん判るわかる。ショーター命のカール・デンソンなんて、ステージ前でカメラマンにまじって嬉しそうに写真を撮っている。実は、今回の斑尾で一番喜んだのはショーターと同じステージに立てた他の出演者ではなかったか。なんて笑い話もあったが、結構当たっていたりして。
実は、彼が自分のグループ表現を純アコースティックな編成でやるのは、30年以上ぶり。ワン・ホーンだと確か『アダムズ・アップル』(ブルーノート、66年)いらい。なにゆえに戻ったかは知らぬが、まっとうな行き方のもと、彼は間違いなく先を見る純ジャズ表現を展開していた。なんでも、彼はこのセットで今あちこちをツアー中で、来年にはこの顔ぶれで新作も出すという。間違いなく、すごいものになるはず。
帰京して、大急ぎながらも楽しんで“ブラック・ミュージックとしての、ウェイン・ショーター論”をまとめる。それなりに長め、bmr誌9月上旬売り号用。
いろんな出演者が出れば、いろんな人がいる。優れた人もいればダメな人もいる。ちょっと度を越して、酷い人がいたのでそのことにも触れておこう。
キューバ出身のトランペット奏者であるアルトゥーロ・サンドヴァル、なんだありゃあ。テクだけをとれば、ジャズ界上位に位置することになる人だろう。もうハイ・ノートぶいぶい、切れもあるし、その音程の正確なこと。だが、ミュージシャンとしては三流以下だ。
まず、全然バンドの音がスポンテニアスじゃない。2回見たけど、すべて同じ。もう操り人形の如く、決まりきったことをやらされていたバンド・メンバーたちが可哀相。彼ら、きっとその姿を他の同業者には見られたくなかったんじゃないかなー。そして、その上に乗せる、本人のソロやスキャットとかも判を押したように同じ。一瞬、歌舞伎のように思えばいいのかとも感じたが、なんにせよ正しい即興性皆無だ。もうこうすれば受けるだろうという思いのみで固まった下劣度百パーセントのそれ、音楽的にはビッグ・バンド・ジャズやラテンやレゲエやのつまみ食いと指摘できる。
だが、そんなパフォーマンスは普段あまりジャズに触れていない人たちには大受け。それは判らなくもない、ジャズ的表現の窓口となる表現として、これもアリかもしれない。だが、それにしても……。あれじゃ、まだ生理的に、バンドとのインタープレイを拒否し、やはり歌のない歌謡曲的な表現を志向するケニー・Gのほうがマシではないのか。と思わすのは、売れれば官軍とばかり、これこそが正義のジャズなんだとばかり大見得きって続けるその生理的な醜さが、彼にはあったからだ。あれが、優れたジャズとするなら、ぼくは一切ジャズと係わることから離れる。いや、やっぱ音楽総体から離れたくなる。そう一人でムカムカしちゃった、ヤな表現。ああ、音楽の墓場と言いたい。
それにしても、キューバから亡命したジャズ・マンはどうして音楽として重要な何かから足を踏み外したことをやる傾向にあるのだろう。といいつつ、ぼくが持っているサンプルは、チューチョ・バルデスとゴンサロ・ルバルカバの二人だけだが。それにしても、彼らと比べても、サンドヴァルの阿呆さ加減はケタ違いなことを断っておく。
今年のワースト来日ステージは間違いなく彼になるだろう。ああ、ショーターとの対比があまりにも凄く、過剰に悪口を書いてしまった。
しかし、1週間前のフジ・ロックとは、同じ音楽系の野外フェスとはいえ、だいぶ違う。こっちは年齢層が広く、もっとゆるゆる。それはそれで、いいですね。
1日(水)
オル・ダラ
まさか、ダラさんを日本で見れるとはなあ……。こーゆーのを、感無量というのだろうナと、見に行く前に感慨にふける。新作『ネイバーフッズ』(今のところ、今年のベスト1作だと思ってます)が出たときに、電話インタヴューをやったのだが、その答えがもうあっぱれなぐらい面白いもので、余計にぼくの期待は高まっていたんだよなー。
それなりに年齢のいった人達が主体のキーボードレスの4人組バンドを率い、飄々。けっこうギターを弾きながら歌うのかと思ったら、ジョン・リー・フッカー的なブルーズ曲いがいは、ギターを持たず。椅子に座り、手頃にヤレたびたバンド・サウンドに乗って、鼻唄キブンで歌い、ときに合いの手をいれるように、コルネット(←本来のメインの楽器はトランペット系)を吹く。
満点ではなかったが、嬉しい実演。忙しいさなかゆえ分別を持った大人になろうとしたが、同行者と見事に朝まで遊んぢゃう。ああ、また自分の首を締める。
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by eisukesato
| 2001-08-01 00:00
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2001年7月3日〜29日
29日(日)
フジ・ロック・フェスティヴァル01
この日は興味の薄いアクトが多く、とくに行き当たりばったりで見る。まず、グリーン・ステージで、西海岸ラップのイグジビットを途中から見る。割合ちゃんと起きたし、それまで私は何をやっていたでしょう? ともあれ、もう少しブラック・アーティスト(ジャズやワールド系も)が多くても良くはないか。今年のほうが少ないよな? 理想主義を掲げるフジ・ロックとしては不味いんじゃない? そのあと、レッド・マーキーでトム・マクレー。ちょっと期待するところあったんだが、地味なシンガー・ソングライター。肩透かし。そのあと、何を見たっけな? グリーンのシステム・オブ・ア・ダウンと、ホワイトのスクエアプッシャーは少し見た。それから、ホワイトとヘヴンの間にある小ステージでASA-CHANG &巡礼のステージ。初めて見たが、とっても礼儀正しいMCをする人だな。シャーデー曲を応用したインパクトある楽曲「花」もうまく生でやってたな。その後、グリーンでムーンライダースを見る。彼らのことも見るのは初めて。けっこう、ロックっぽいんで驚いた。かなり、ウキウキしながら見れちゃったナ。そのあと、セコいものを埃の中で食べるのがイヤで、食事をしにホテルに戻る。関係ないけど、サーカス見たかったな。面白かったのかな。
そして、レッド・マーキーでアニー・ディフランコ。なんで、室内なのか。この人、やるとしたら絶対ヘヴンじゃないか。大きなミステイク! だが、二管を新たに加えたパフォーマンスはもう最高。ファンキーさとジャジーさが倍加。体をゆすりまくる。翌日、東京でインタヴューしたんだけど、うーんイメージ通りの人。キラキラしていた。ほんとうにうれしい取材。脇の下、未処理でした。
28日(土)
フジ・ロック・フェスティヴァル01
寝坊。最初に見たのは、グリーン・ステージでのホット・ハウス・フラワーズ。ありゃ、ちゃんとバンド編成でやってるぢゃん。これじゃ、俺が書いたプログラム用原稿は少しウソになっちゃうなー。
ホワイト・ステージでリガージテイター。なんか、バカで嬉しかった。こっちはプログラムに書いたこと、偽りなし。そして、フィールド・オブ・ヘヴンでソウル・フラワー・モノノケ・サミットをちょっぴり見る。また、ホワイトで電撃ネットワーク。最初のうちはDJ音を使っての、アイドルっぽくもある娯楽ショウ。ああ、そういうこともやるの。ウリである危ない芸を出す直前に、グリーンに移動しちゃう。
そして、パティ・スミス。実は私、スミスにはなんの思い入れもない人で、彼女のこと見たいと思わなかった。新作もどーでもいいと思ったし。でも昨日、素の彼女を見かけ、なんか見たくなった。結論から言えば、見て良かったァ。素晴らしくロックとして力のあることやってたな。驚かされたのは、彼女が非常にいい人そうであったこと。それが、正のパワーに転化され、力のある表現に昇華していた。とにかく、彼女のことをなんとも思わないワタシも大満足、いや大感化されたパフォーマンス。ファンなら、ナミダの一つも出てきたろうて。
その後は、ちょっと空白。レッド・マーキーでサウスをちらり見て、ああやっぱしバンドなんだって思ったけか? グリーンのステレオフォニックスも少々。フィールド・オブ・ヘヴンで渋さ知らず。ステージ上に何人いたのか。ハデハデ、酔狂。ジャズ側からぶちかましてやるゼ的気概、笑顔とともに渦巻く。グリーンに向かう途中で、アレク・エンパイア。非常に、聴き手側に手を開いたパフォーマンスという気もしたけれど。
その後、早めにグリーンに行く。やっぱ、ニール・ヤング&クレイジー・ホースはちゃんと見たかった。いい位置とれた。しかと、見た。好きだけど、彼の信奉者ではないぼく。でも、しぶとい、味ある、どすこいロッカーぶりを堪能。「今宵この夜」とか始まると、歌ってしまうなー。終わったのは12時ぐらいだっけか、延々とやってくれたなあ。最後のほうは、ソニック・ユース状態。
そして、レッド・マーキー。ダブ・スクワッドを見て、待望のレイ・ハラカミを見て。牛肉のくし刺し焼きは量が多いなー。
27日(金)
フジ・ロック・フェスティヴァル01
さすがにネタが古くて気がひけるなあ。でも、今回もいろいろと興奮はありました。天気が良かったのは何よりだが、砂ぼこりがすごいのにはちと閉口でしたね。
面白いナと思ったのは、他の知人とのアーティスト選択の違い。会場と会場が広かったりして移動が面倒になったり、見たいアーティストが重なったり、飲みすぎてどーでも良くなったりとか、ひょんなことでどーにでも見るアーティストは変わっちゃうのだろうけど、やっぱその人の趣味のようなものは出るよね。
さあ、私の選択はどう他の人には映るのか。やっぱり、見たことのない人を重視はしてるか。結構いろんな会場を移動、つまみ食い的。たはは。
初日は15時ぐらいに到着。ホテルのエレヴェイターの中で、元気に挨拶してきたエゴ・ラッピンの森くん、見れなくて、御免ね。ホテルのチェック・イン時にトラブりありでグレて、知人の部屋ですぐに酒盛りを始める。なんなんだー、あんたは。でも、それさえも楽しい。話も弾む。ああ、フジ・ロック・マジック? 赤い顔してやっと会場に向かったのは18時近く。その時点ですでに、パティ・スミスとは2度すれ違う。
まず、レッド・マーキーで、セミソニック。なんか、まだ傍観者きぶん。グリーン・ステージを超え、ホワイト・ステージでニトロ・マイクロフォン・アンダーグラウンド。見るのは、2度目。相変わらず一杯ステージにいるなあ。ちょい見て、フィールド・オブ・ヘヴン。ありゃ、会場の回りの木々に映るミラー・ボールの光が実に綺麗。それって、去年もあったっけか。やっぱ、フジ・ロックの一番の会場はフィールド・オブ・ヘヴンぢゃのう、と思う。
そして、ボアダムス改め、VooRE!!!!!!!DOMS。おお、打楽器奏者とドラマー、何人いるんじゃい。前半部しか見ていないが、なんかROVOっぽい、てな印象も。途中で、モス・デフを見に、再びホワイト・ステージに行く。生バンドを従えてのもの、なんとリズム・セクションはダグ・ウィンブッシュ(シュガーヒル~ON-U)とウィル・カルホウンという末期リヴィング・カラーのそれ。で、ラッパーのモス・デフは結構歌いたがる。また、ギターかベース(どっちか、忘れた。これ、書いているの8月25日なもんで)を弾いたりもした。けっこう、納まり悪い。ヘンなの。最初はすげえ、いいぞと見てたが、途中からはまあこーゆーのもアリかという気分に。ジミ・ヘンドリックス曲もなんか歌ったけか。客の入りは悪かったが、けっこうミュージシャンが見に来ていたよーな。
そして、そのまま、トリッキー。いや、びっくり。時間の正確なフジ・ロックにしては珍しく30分ぐらい時間が押して始まったのだが、サウンド・チェックを念入りにやってたのも納得の音質の良さ。まるっきり、レヴェルが違う。きっちりとしたバンドを率いてのものだが、その音質同様に、彼らがうまいのにも驚愕。たとえば、ドラマー一人をとっても、下手なわけがないウィル・カルホウンの数段上と思わせられたもの。で、そういう人達ががっちりかみ合い、完全無比と言いたくなるバンド・サウンドが押し寄せてくる。そして、それを束ねているのはトリッキーであるのダというのは、皮膚感覚で納得できちゃうものであり……。いやあ、凄い。で、凄いといえばトリッキー自身のパフォーマンスもまたしかり。フロントには男女のシンガー/ラッパーを置き、効果的に彼は肉声をかますわけだが、ずっと後ろを向いていたり、横を向いていたり。その異様なことと言ったなら。とにかく、とんでもない実演の音には今考えられる最良のもの、という言い方も決して誇張ではないはず。やはり、彼はガ○キチと考えちゃったほうがいいのかも。そんな人に、2ヵ月前に面と向かって取材できた喜びも存分に感じる。
そして、レッド・マーキーの外の椅子に座りながらステレオ・MCズを聴く。知り合いと会話とお酒を交わしながらのものだったのだが、零れてくる音を聞くぶんには相当よいものだったのでは。あれ、この日、ジュノ・リアクターも少し見てるはずだが。いつ見たんだっけか?
27日(金)
フジ・ロック・ファスティヴァル01
昨年の同フェス(7月28、29、30日)のこと、いろいろと書いているんだよなー。まあ、苗場に関しては初体験、非常に興奮したことの裏返しだったんだろーな。
あれ以上のこと書けないとも思うので、今年は簡素に行こうと思っていたのだが、どっちにしろ、仕事がパンパンで書くの無理。今ままでテンパっていても、<ライヴ三昧>の文章ぐらいはひょひょいと書く余裕はあった。だが、今はそれもゼロ。それも、あまりに大きな負担。こんなことあるんだなー。というわけで、フジ・ロックの項のアップはもっとと先でやんす。たはは。夏休み一ヵ月とるので遅れます、とかいう理由だったらいいのにゃー。
一応、見た中での個別ライヴのベスト4は、トリッキー。パティ・スミス。ニール・ヤング&クレイジー・ホース。アニー・ディフランコ。
25日(水)
ザ・ブラック・クロウズ
渋谷公会堂だったのだが、音悪かったなー。途中まではメロメロ。リハやらなかったのだろーか。ばーか音質じゃなく、やっている内実が肝心なのぢゃと思うぼくでもちょっと辛いと思ったもんなー。まあ、一生懸命やってる風情があったので救われたが。
なんか、1970年代で止まった感性が漂っているなーと感嘆。そこらへん、同じくタイムレスな重要点を求めながらどこかで現代との接点が出しもするリーフとの大きな違い。まあ、どすこいなロックンロールが好きなぼくゆえ(そーゆーバンドやらせると上手いですよ、ぼく。と、自画自賛)、それはそれでイヤだとは思わないのだが。微妙だよな、こういうタイプじゃないアナクロ系バンドだったら、あんたたちの現代性はどこにあるのダとか、ツっこみそうだもん。途中でジョージア・サテライツのことを思い出す。カントリー臭がきつい曲以外は文句なしに好きなバンドだった。彼らの1980年代後半の新宿厚生年金会館における来日公演、鬼のように音がデカかったっけなー。彼らは、時間に正確なオレが取材をホカした唯一のバンド。寝坊でした。
フロントのクリス・ロビンソンは裸足で登場。彼の立つ中央、1、5メートル四方には正方形のカーペットがしいてある。冷え性なのか(笑)。その横にはお香がたいてある。なんか、割り切りにくいタイプの楽曲を並べていたよーな。とともに、黒っぽさはなぜか減じていた。それは大きな不満。たまに女性コーラスがつくが、いてもいなくても関係ないようなデクノボーさんたちでした。ともあれ、大袈裟に書けば、この手のロックンロールはロックの一形態として、不滅なものと感じる。別な書き方をすれば、いつの時代にもこういうロック表現は必要……。JBファンクが不滅なように。
21日(土)
ブラック・ボトム・ブラス・バンド
ニューオリンズのブラス・バンドのスタイルを核に置く7人組の単独ライヴを見るのは、これが初めて。原宿・アストロホール。
オープニングは会場後ろから演奏しながら登場し、ステージに上がる。お約束といった感じか。途中でも、ステージを降りたりとか、そこらへんはグループの特性をいかしたもの。
お客はそんなに年がいっていない女の子が意外なくらい多かった。MCは子供っぽい感じもしたが、客層から見て、それはいたしかたないのか。マーチぽいのがいいし、彼らはスピリチュアルっぽい曲調の曲をやるとほんといい味と躍動がもあもあと湧いてくる、と再確認。一部の曲ではバリトン・サックスにワウワウっぽいエフェクターかけてギターみたいな効果を出していたが、それはけっこう効いていた。
途中、BBBBと共演アルバムを出す、AMONという新進シンガーが出てきて、2曲ほど公演。ヴォーカルとの相性もほんといい。
やっぱいいよネと演奏を聞きながら、かつて山岸潤史と組んだこともある彼らにプロデューサーをあてがうとしたら、誰がいいか少し考える。ジョン・メデスキだと当たり前というか、ダーティ・ダズン・ブラス・バンドの二番煎じになってしまう。そこで、スティーヴン・バーンスタイン(セックス・モブ)はどうだろう。けっこう、相性いいんじゃないかとぼくは思ったが。
18日(水)
鼓童、ミッキー・ハート
乃木坂・ソニースタジオで、佐渡の和太鼓アンサンブル集団、鼓童の20周年記念になるとかいう新作を控えてのコンヴェンション。同作をグレイトフル・デッドの元ドラマーで、世界打楽器&リズム博士であるミッキー・ハートがプロデュースしたそうで、彼も登場する。まず、鼓童が2曲やり(けっこう、単純なパフォーマンス)、3曲目には鼓童のメンバーと同じハッピを来たハートが加わる。ふーん。
しかし、ハートさんけっこう見た目は若く見える。シスコ郊外のハートのとっても広い自宅スタジオでのレコーディングの様子もヴィデオで紹介されたが悠々自適の生活をしているんだな。ともあれ、デッド関連の重要人物ということもあり、会場は非常に盛況。いろんな人が来てて、デッドってやっぱパワーあんのネとへんなところで感心してしまいましたとサ。
挨拶に出てきた鼓童の代表という人は、レストランのオーナーかマネイジャーといった風情の人。へえ。そのとき貰った鼓童側発行らしいパンフの住所の最後は鼓童村となっている。コミューンみたいに暮らしているのかしらん。なんも知らん、ワタシ。
あーそれから、少し前に渋谷で珍しくレコ屋回りしてたら携帯落とした。前回は師走に壊しているので、半年に一回マヌケこいてることになる。おれ、携帯の番号は積極的に公開しておらず、携帯の恩恵にそれほど浴していない人ではあるが……。ぼくの番号知っている人、今なら旧番号にかけると新番号がアナウスンスされます。
16日(月)
ザ・ワイルド・マグノリアス
南青山・ブルーノート東京は夏場、毎年帯を組んで(今年は“ルーツ・ミュージック・フェスティヴァル”と名付けられている)、トロピカル傾向やハネかえり傾向音にあるジャズ色が強くないアーティストを出演させるのだが、今年もマグノリアスを皮切りに約1カ月そういう出し物が組まれている。目玉はテリー・キャリアーやオル・ダラあたりだろうが、テリー・キャリアーは7月29日一回こっきり。フジロックとバッティングしている。一瞬、夕方に現地を出れば遅い回のほう間に合うだろうナと考えるが……。欲張ってもしょがねーぞとも思うし。
話は脱線したが、ニューオーリンズのマルディグラ・インディアンのシンガーを中央に置く娯楽音楽グループ、来日公演は約2年ぶり(1999年8月5日)となる。基本的には前回とほぼ同様のステージ運びと言えるか。山岸潤史がよりバンドを仕切っているナと思わせられもしたけど。まず、バンドが出てきてさくっとファンキーなウォーミング・アップ演奏を行い、場が温まってから、フロントのヴォーカル隊が登場する。やっぱ、あの派手なインディアンの恰好(長老を除く)はそれだけで見る者の何かをノックしちゃうよナ。確か、前回も長老二人は普通の恰好をしていたと思うが、今回も同様。重いし、暑いだろうし、老人にはちと気の毒といったところか。そんななか、前回との大きな違いはネックレスみたいなのとか、小さなタンバリンとかをオーディエンスに向かって投げ与えたこと。それは現地のカーニヴァルのパレードにおける慣わしを踏んでの所作となる。そりゃ、場は盛り上がる。ほんとうに気前よくぽんぽん投げる。ぼくが見たのは、まだ初日のファースト・セット。いったい、どのぐらいのブツを持ってきたのかなーと考えちゃいました。
15日(日)
ズボンズ
昨年末(12月18日)いらい見ることになるが、当人たちにとっても久しぶりのライヴとなるのかな。渋谷・クアトロ、ピールアウトの前座。くつろいだステージ運び。なんか、耳に新しい曲が続いたような気もしたけど、新曲とかやったのか? なんにせよ、ぼくは彼らを見ていると、嬉しくて嬉しくて仕方がなくなる。どっしりと地に足をつけたファンキーなロック表現をやりたいという強い意思と、そうでありつつやっぱり今の時代に沿う前向きなものにしたいという意欲や試行がくっきり見えるという点で。それにしても、会場は暑かった。立っている場所にも左右されるのだろうけど、クアトロは夏の冷房能力が絶対に足りないはず。それから、いつもより煙かったナ。その流れで知人から、ボアダムズのライヴは意外にケムくないんですよ、という話をきく。なんでも、ファンがみんなオーガニックな方向に行っているからだそーな。真偽はともかく、さもありなんという話で笑った。暑かったので、ちょっと力なくではあったろうけど。
14日(土)
オーガニック・グルーヴ
お馴染みのジャム・バンド系パーティ、正式には15日に見たということになるかな。深夜に新宿リキッド・ルームに行くと、グレイトフル・デッドにいたことがあるという二人のキーボード奏者のユニット、ドース・エルマノスの実演が佳境に入っていた。うーむ、ニュー・エイジ・ミュージック的なところ、少なくないかな。経験に基づくある種の美意識みたいなのはあるようだが、スリルはあまりない。リズムは打ち込み。これが生ドラム奏者がいたら、また印象が変わったかもしれないが。ステージ後方中央とPAスピーカー前の両側には三面のヴィデオ・スクリーンが。下のフロアで見ると少し貧乏臭かったりもするのだが、後方から見る分には立体的というか、非常に広がりのあるものに思えてなかなか。それには素直に拍手を送りましょう。
そして、DJタイムをはさんで(ハービー・ハンコックのセクステット期の曲がかけられたのが嬉しかった)、オースティンのダブ・バンド、サブ・オスロの実演が始まる。ちょっとなんだかな、だな。やっぱ、日本のダブ演奏/卓いじりの水準は目茶苦茶高いと思わせるパフォーマンス。こーゆーの、米国は駄目ですね。白人メンバーのなか、ドラマーは黒人で怒り肩、遠目にはエルヴィン・ジョーンズみたいだったのが笑えた。
6日(金)
クーリオ
赤坂・ブリッツで、一時は天下を取った米国西海岸のラッパー。まず前座で、2MC(うち、一人は在日らしい外国人)、DJ、ギター、ドラムという編成のラップ・グループ。グループ名は聞き取れず。変則編成であることだけで、多少肩入れしたくなるところはあったかな。
そして休憩を挟んでクーリオが登場したのだが、なんと彼もまたバンドを従えてのもの。DJ、ギター、ベース、キーボード、ドラム、そしてラッパーがもう一人。なんか、鮮やか。オーディエンス側に働きかける力が大。それは前座があったからこそ、はっきりと分かったという部分もあるか。ラップ自体のスキルや先鋭性という部分よりはキャラとかの部分に依るところが大の人、それほどぼくのタイプではないよナと思っていたのだが、思った以上に見せるパワーがある実演でぼくは嬉しくなった。そういえばこの前、ドクター・ドレーが仲間たちと昨夏にやった『アップ・イン・スモーク・ツアー』のヴィデオを見た後だったのも、好意を持てた要因か。あそこでの、子供っぽい反道徳の押し売りにゃなんだかなーと思ってしまったからなー。ああいう不毛なバカのりが本流とするなら、やはり今のぼくにはヒップホップは遠いものダと思わずにはいられなかったんですワ(しかし、“セックス、ドラッグ&ロックンロール”の白人ロックのりも似たようなものではあるのか……)。そういう意味では、いい意味で大人のラップ・ショウであったとも言えるのかも。
5日(木)
ダンカン・シーク
前日の夜から海に行き、昼間浜辺で遊んでから来たんだけど、疲労でもう立ってられないって感じィ。いやー、体ボロボロ。腰だる~い。会場の青山・カイに着いてから、考えている以上に疲労困憊なのを思い知り、困惑しきり。しかも、この日は一番の暑さだったらしく、真っ赤に焼けた肩や腕や腿がピリピリ。太陽の日に当たることが、いかに体力を消耗するかを思い知らされるとともに、フジ・ロックの疲れもこういう部分が大きいのだナと思った次第。
アトランティックを経て、現在はなぜかノンサッチと契約しているアメリカ人シンガー・ソングライターの実演は、もう一人ギタリストを横においての、弾き語り基調の実演を見せた。で、これがなんとも素晴らしいパフォーマンス。このコーナーでも何人か弾き語りをしている人のライヴのことを書いているが、彼が一番印象がいい。歌がちゃんと伝えられ。ピンと芯が見え、静謐でもあり。アイルランド出身とかのサポートのギタリストも、忠実に寄り添う感じの奏法から、完全に効果音的な音を出すものまで、絶妙なサポートを見せた。とにかく、この人はしっかりと弾き語りをする能力を神様から与えられていて、それをまっとうしていると感じさせるものあったのではないか。なんせ、前述のような状況なのに、これはいいゾと思わずにはいられなかったのだから。……のだけど、やっぱり疲れすぎ。ああ、俺は辛いのに我慢しているゾ、と認知したので、最後2曲を残して会場を離れる。翌日、この日のぼくの様子を見て心配した電話とメールが1本づつ。よほど、ヘロっていたんだネ。
4日(水)
映画「セイヴ・ザ・ラスト・ダンス」
半蔵門・東宝東和試写室。米国では興行1位になったという映画を見る。失意にあったバレリーナ希望の白人少女が、シカゴのスラム街に住むようになってヒップホップを知り、黒人同級生との恋にもおちて、自分を取り戻すという筋を持つ。ヒップホップ&バレエ版「フラッシュダンス」か。って、ちゃんと映画「フラッシュダンス」を見たことないが。パラマウント映画とMTVの共同出資による作品とか。もちろん、ラップをはじめ、いろんなポップ音楽が使われている。クラブのシーンにおける、チャカ・デマス&プライアーズの起爆力には少し感心。見てて、くさくて、ちょっと気恥ずかしいところあったかな。
3日(火)
映画「ブロウ」
一時はアメリカで流通していたコカインの80パーセントを扱っていたというディーラーの実話を扱った映画を見る。なぜ、フツーの青年は卸し売人のトップまでに上りつめ、転落したか。音楽としてオールド・ロックがけっこう使われていて、ロック裏面史みたいな感じで見れるのかと思ったら、そういう側面はあまりなし。結局、家族愛といった方向に焦点を合わせていたりもする。ま、なんにせよ、それなりにお金がかけられた映画であるのは間違いない。無条件に感心したのは、主役のジョニー・ディップに施されたメイク等。もう高校出たばかりの頃からやつれた中年までを、体格も含め、本当に巧みに作っている。ありゃ、凄い。六本木・ギャガコミュニケーションズ試写室。
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by eisukesato
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2001年6月7日〜27日
31日(木)
ハイラム・ブロック・バンド・フィーチャリング・エドガー・ウィンター
また、見ちゃった。でも、行って良かったな。って、昨年6月21日の項でも同じようなこと書いているが。なんか、俺ワン・パターン? しくしく。
今回はエドガー・ウィンターが同行となっていたんだが、2~3曲ぐらいハイラムたちの演奏にゲストとして係わるのかと思っていた。ところが全然違ていた。1曲目(なぜか、タワー・オブ・パワーの「ホワット・イズ・ヒップ」)からハイラムとのデュオでなされた最後の曲まで、ずっとステージ上にいっぱなし。なだけでなく、キーボード、アルト・サックス(かなり、上手)、歌(とくに、ファルセットの歌声は魅力的だった)で見事に係わりまくりだった。うち3分の1はエドガーを前に出したものだったのだが、バッキングの様を見ても本当に確かなミュージャンシップを持っている人なのだなと痛感させられることしきり。30年前のロッカーって、本当に確かな人が多いよナ。
というわけで、これまでのハイラムのステージとは曲目も含めてだいぶ感じの違ったパフォーマンス。よしよし(ウィル・リーのファンは彼の出番が減っていて、残念に感じたかもしれないけど)。どんな経緯でハイラムとエドガーが組むようになったかは判らないが、けっこうお手合わせしているんじゃないのか。1部と2部は曲目違いなようだし、日によっても違う曲をやったりするらしいし。南青山・ブルーノート東京。
29日(水)
マグマ。ブーツトラップ・ロウ・カット
まず、渋谷のオンエア・イーストで、昔っからいるフランスのプログレッシヴ・ロック・グループのマグマ。熱心なファンが総出といった感じで、満員。もー、曲が終わったときの歓声の凄いこと。
熱意あるプログ・ロックの聞き手では到底なかったぼくは彼らの名前は知っていても音を聞いたことはなし、すまんこってす。まるっきりどんなことをやるのか見当つかずに見に行ったが、結論から言えば相当に高揚しながら聞けた。
ピアノ、ギター/ピアノ、ベース、ドラムに、男女二人づつのヴォーカル隊という布陣。なんて書いたらいいのかなあ、伸縮性にも富むリフをどんどん繋げていき、その合間合間にヴォーカル隊が百花繚乱状態で入り込み……。クラシックやジャズが自在に込み入った、壮大でもある音楽絵巻。1曲目は約30分。終わるとエレピの一音が出ないので交換するからといって、約10分間のブレイク。そして、また飄々と出てきた彼らは長めの曲をこなしていく。こういう表現もあるのだなーと、頷きながら接するのみ。聞きながら、フランク・ザッパの欧州版なるもの、なんて感想も得た。女性もまざって意気揚々とやっているところは、欧州白人流儀によるスライ&ザ・ファミリー・ストーンだァと思わせたりね。約1時間半後に本当の休憩に入る。
残念ながら休憩に入ったところでイーストを出て、同じビルにあるネストへ。リンプ・ビズキットの来日時、フレッドにヴォーカル・トレイニングをやってあげて彼を締めたという武勇伝を持つ(笑い)女性ヴォーカリスト、ユカリー率いるバンド、ブーツトラップ・ローカットのライヴ。ザ・グルーウァーズの高橋ボブをはじめとするなかなかの面子だが、確かにいいバンド。ビブラストーンズにいた横銭ユージのメロディアスでもあるドラムスには感服。そして、正々堂々の歌。まさしく。
途中、その前身バンドであるブーツトラップ時代のメンバーたち、tokie やGRACE (ソロを叩くと、ビリー・コブハム!)ら女性プレイヤーもゲスト入り。さらにデミセミ・クエーバーのエミも登場、キーボードの抑えたが一部マイルス・デイヴィス的であった。
なお、彼女たちのCD『ダスク=ドーン』(ソング・バード SBCD00104 )が6月27日にリリースされるんで、興味のある人はよろしく。ブーツトラップ・ロウ・カットとブーツトラップ連合軍による録音作デス。
27日(日)
ブッゲ・ヴェッセルトフト
たまに定休日の日曜にやるブルーノート東京のクラブ・イヴェント“イヴニング・ブルー”の出し物として、ノルウェーの新機軸ジャズ・レーベル“ジャズランド”関連のアーティストが登場、けっこう胸を膨らませて行きました。だって、その本物のジャズ感覚と現代的電気効果の交錯のさせ方はあまりに魅力的なものであるから。
イヴニング・ブルーに顔を出すのは初回のときいらい(昨年5月14日)、8時にジャズランド社長でもあるブッゲたちの実演が始まるというので、それに合わせて行ったら、場内に入ったときはすでに演奏が始まっていた。会場は盛況。
キーボード(ブッゲ)、ベース(縦が中心)、ドラムス、DJというワーキング・バンドにてのパフォーマンス。やはり、相当にかっちょいい。実のあること、やっている。拍手! エレピのソロをとったりすると、ブッゲのソロはハービー・ハンコックに影響受けてるなーと思わせたりも。そういえば、彼のセクスタント時代の表現の現代化を計ったような曲もあったか。蛇足だが、フリー・ジャズ的なものと電気的効果を重ね合わせようとしていた、あの頃のハンコックはどーしようもなく冴えていた。
ところで、ブッゲは自己レーベルから3枚のリーダー作を出しているが(どれも好盤)、ぼくの評価のなかでは新作が一番低い。それは、彼の確かなジャズ感覚がクラブ的語彙に埋没しているように思えたからなのだが、彼が説明するには、新作はDJとの協調が面白くてそっちのほうに重点を置いたアルバムなのだ、とのこと。なるほど、その答えには納得。次作はまたジャズ側に揺り戻した内容になる予定とか。
そして、途中からは、ジャズランド唯一のポップ・ユニット、ビーディ・ベルのベアテ嬢が登場、ビーディ・ベルの曲をブッゲたちをバックに聞かせる。なぜ、斬新路線を標榜するジャズランドがビーディー・ベルのような中庸な音楽性を持つ人達を送り出すのか? そういう疑問をやんわりと聞いたら、やっぱり後続の若手たちに道を開けてあげたいからというようなことをブッゲは言っていた。……のだが、後から伝え聞くところによると、なんでもブッゲは大学生だったベアテをナンパし、スタジオに住まわせりしたらしい。ブッゲさんは本当におとなしい(人と話すときあまり目を合わさない)真面目そうな人なのだが、やっぱオトコなのねー。ホテルの部屋、一緒なのかなー。昔、ドーナル・ラニー(アイリッシュ音楽界の大御所)とシャノン・シャノン(美形の、若手実力派アコーディオン奏者)が一緒にツアーを回るとき同室だったというのを聞いて、仰天しつつ、さすが大将って思ったことがあったが。そういえば、この前のスティーヴ・マルクマス公演(5月17日)で触れているバカ女も、マルクマスの彼女だとその後に聞きました……。
25日(金)
モー
うわー、絞りのTシャツ来た人、たくさん。知人が、ありゃありゃと驚いてました。いわゆるジャム・バンドとして、米国では相当な人気を集めている5人組。夏とかには単独で複数のアーティストが出演する野外フェスを主催したりして、そこにはアニー・ディフランコのような人が参加ちゃったりもするんだよなー。って、この情報は前にもかいような気もするなー。とほほ。
2ギターの絡みを表現の中央に置く、基本的には弛緩した土着系ロック・バンド。ぼくにはその演奏自体よりも、客層やその反応を見ているほうが面白しろかった、かも? 昨年来日時のTシャツ来ている人がいたけど、それには背中のほうにカタカナで“もう”と印刷されていた。彼ら、熊ならぬ牛のぬいぐるみでも売ればいいのに。いや、ベタなこと書いてて、自分でも顔赤らんでます。渋谷・クラブクアトロ。
22日(火)
矢井田瞳
渋谷・アックスで、やたら人気出ちゃったみたいな矢井田瞳。やっぱいい曲書いてて(アレンジは子供っぽいときもあるが)、ちゃんと伸びのある声で歌える娘だよね。デビューしたてのころ取材をしたことがあるんだけど、なにより真っ直ぐで健やか。それが、彼女の最大の美点ですね。
6人のバック・バンドを率いての実演。ベースとドラムスは女性だが、確かな力量。ベースはぼくが大好きだったスーパー・ジャンキー・モンキーにいたお嬢さん。ともあれ、ライヴで聞くと余計に、声のヴィブラートの掛かり方が魅力的だナと感じたりも。それは、ときに沖縄やケルト系をうっすらと(あくまでうっすらと)思い出させるところも。
本編の前に、英国女性シンガーのシェイ・シーガーが出てきて少し歌い(バックは自分のバンドか?)、そして本編最後のほうにはスウェーデンの人気歌手メイヤが出来て、矢井田とお互いの曲を歌いあったりもした。本編は12曲、約1時間のショウ。
20日(日)
ザ・チーフタンズ
ちょうど2年ぶりの来日。前回も見ているが(1999年5月29日)、その感想は実にあっさりしたもの。まさしくそこに書いてあるとおり、見れては良かったとは思うのだが、実に薄口な印象を受け、なんか俺には地味すぎるなーと感じずにはいられなかたんだよなー。
ところが、今回、あっと驚くぐらい、ぼくはニコニコでき、発汗させられた。やっぱ、コンサートは事情が許すかぎり見なきゃネ……。
なぜに、今回そんなに良かったと思えたのか。一つはゲストの多さがいいほうに向かったのは間違いない。今回はフィルドル奏者の一人が病気かなんかで欠席で、まだ23歳のカナダ人リチャード・ウッドが全面的に付いたほか(彼の単独公演の様子は、99年9月14日の項参照)、さらに二人のアコースティック・ギタリストやイヴォンヌさんという女性シンガーが曲によっては入るし、当然ときに男女のダンサーも出てくるし。また、中盤には矢野顕子と元ネーネーズ古謝美佐子が加わり……。もう、テンコ盛り。飽きさせないし、何より楽しさに結びついていたなあ
。
普通これだけいろんな人が係わると、ただやっちゃっているだけ、焦点がボケたものになりそうだが、そうならないのはザ・チーフタンズの底力というか、滋味ゆえのためというか、回りの人達が本当にじいさんたちを敬っているというか。以上、渋谷アックス。うーん、ここの飲み物の売店、やっぱ使えない。堂々看板を出しているネスカフェはものすごく企業イメージを下げていることに気付くべきである。
18日(金)
モレーノ+2
カエターノ・ヴェローゾの息子+2人。お台場・TLG。さすがに、満員。
最初は少しありゃと思う。まず、姿にオーラのようなものがまるでないし、歌もフツーっぽい。そんなにオヤジと比較しようという気持ちはなかったが(やっぱ、少しはあったかな)、最初はちょっとしょぼかった。だが、バックの味付けがすこしづつ濃くなると、どんどんいい感じが増してくる。冒頭のほうは、本人もいまいち緊張していた部分もあったのかナ。
モレーノのギター弾き語りに、ベース担当(一部、エフェクト音も)とリズム担当の二人。ところで、さすがブラジルと思わせたのは、前者はやたら小さなベースを使っているし(最後のほうは三弦のものも弾く)、後者は電気パッドを両手で叩いて(キック用パッドもあり)、手動の綻びたプログラム音的なものを作り上げるやはり、それはブラジル的伝統がこむら返りしつつ、生きたものだと感じる。で、なんかそれがいい。どこか酔狂だし、クリシェを排そうとするような何かを飄々と出していて。そして、それらが噛み合わさることで、今のブラジルの若手のノリみたいものがしっかりと出てもいたかな。モレーノさん、貧相だけど、とってもいい人そう。
都内に戻り(って、お台場も立派な都内だって)飲んでたらどーでもよくなって、夜中のリキッドのレイ・ハラカミをミス。どーだったんだろ。なんか、この10日間、いつにも増してよく飲んでるなー。でもって、記憶力の悪さや固有名詞に対するいい加減さはこのところ清々しいぐらいにひどい。お酒は間違いなく、それを増進させているようで、少し怖い。ちなみにこの4月30日のグループ名はジャズ・トリオでなく、トリオ・ジャズ。ひでえ。あんまりだ。ここに訂正します。ジャレットさん、御免なさい。
17日(木)
スティーヴ・マルクマス
まず前座として、カナダ人の太った、オタクな風情も持つ外見的に冴えない若造(近く、エイヴェックスからアルバムが出るそうな)がエレピを弾きながら歌う。非常に古典的とも言える、円満なピアノ弾き語り。悪くない。これがハンサム・ガイだと、即それなりの人気を集めるはずじゃと感じる。うーん、今のポール・ウィリアムス(笑)と称され、売られてくれ。
そして、元ペイヴメントのスティーヴさん。ギター/キーボード、女性ベーシスト、ドラマーをしたがえてのもの。もう最初の曲をやりはじめたとたん、すぐにポっとなる。やっぱり、この人はとんでもない才を持つソングライターぢゃあという感激のようなものが沸き上がってしまったのだなー。なんか、その歌が聞ける至福感にぼくはゆるゆる。と、これは公演アタマのほう。
途中から、ちょっと疑念のようなものも頭にむくむくと沸いてくる。その一番の理由は、ときどき出てきて金切り声あげる(手にはいつもタンバリン)バカ女のせい。なんじゃ、あれは。お金を取って見せる最低のラインを割っていた。そんなバカを自由にふるまわせているマルクマスにも腹が立ってきちゃった。すると、なんかいろいろとズサンさが鼻についてきゃったりして。ギターの奏法もいいナと思ったし、楽しめるところは多々、だが……。ぼくはたぶん彼のソロ作を今年のロック系のベスト10に入れるだろう。その気持ちはかわらない。でも、キミの実演はもう見ないようにするよ(と言って、見ちゃうんだろーな)。
15日(火)
キップ・ハンラハンのディープ・ルンバ
昨年1月に続く来日(1月12日の項を、まず参照してね)。今回もまた、彼なりにアフロ色の強いラテン表現=ルンバを追求しようとする“ディープ・ルンバ”の編成によるもの。今回は前回急遽キャンセルになった名手ミルトン・カンドーナもばっちり同行、総勢10人強。前回まざっていたサックス奏者のチャールズ・ネヴィル(ザ・ネヴィル・ブラザーズ)は今回はいず、代わりにかどうかは知らぬがヴァイオリン奏者が入っていた。
ステージ上にはずらりとコンガやティンバレスらパーカッション類やドラム・セット。前回の文章でドラマー三人と書いてあるけど間違いで、実際は二人。それは今回も同じ、ただチューニングの異なるドラムスを一つあまらせて置いていて、必要なときドラマーはセットを変えるということをやっている。前回はちょうど来日していたレッド・ホット・チリ・ペッパーズのドラマーが飛入りした日で、それで3人で叩いていたのだが、ぼくはまさかその人がチャド・スミスたなんて思いもしなかったのだった(その事実、あとかは知りました)。なんでも昨年のブルーノート東京飛び入り大賞はそのチャッド・スミスと、ドクター・ジョン公演に出たエリック・クラプトンというのが風評ですね。
残念ながら、前回ほどの感激はなし。それも仕方なかろう。前回は本当に待ってましたアという感じだったもんなあ。でも、また来たら、当然ぼくは見に行く。それは生理的に美しい体験の音楽というしかないものだから。
なお、変人ハンラハンは今回は一応前を向いていた。すこし、偏屈度は減ったという感じがありますね。彼、さすがラテンの血をひかないくせにラテン音楽(だけではないが)にひかれるだけあって、とんでもないサッカー・ファンなのだそう。なんでも、憧れの職業はサッカー評論家だそうで、実は音楽もサッカーの監督が選手を動かすようにやっているのだという。うわあ。本編となんら関係ないが、totoの1回目で3等を当てているワタシ。ヒヒヒ。
14日(月)
キセル
近くメジャー・デビューする、京都出身の兄弟ユニット。下北沢・キュー。もともと狭いハコだが、超満員。入場して、たっぷり汗をかく。ああ、これからの夏場が思いやられる。
ステージに登場した二人を見てすぐに思ったのは、うわあルックス悪い。兄貴のほうは合コンなんかに混ざると陰で“キモイ”とか言われそうなタイプかな、や失敬。兄貴がギターで弟はベース(ちゃんと弾く)。歌はどっちも歌う。彼らはビート音やプリセットのシンプルな装飾音にあわせて、飄々とパフォーマンスを展開する。なるほど、バンドは分が悪い時代なのか。
まず、感じたのは、そのバック・トラックの趣味の良さ。シカゴの音響系を思わせるといおうか(確か、7月にはそっちのほうの来日公演の前座を務めるとMCで言っていたはず)。1曲はダビィな感じのものもあり、ヴォーカルの処理もそれっぽい。なかには、はっぴいえんどを想起されるような曲も(って、オレあんましはっぴいえんどって聞いたことないんだけど)あったが、その色付けゆえ、今を向いているナと思わせられる。ただ、性欲なさそうというか、そんなところに違和感を覚えたりもした。
曲調は、どれもミディアム以下のほのぼのというかゆったり調。だが、伴奏部分がたっぷり取ってあるのと、MCもたっぷりやるため(ぼくにはちょっとイヤ)、10曲ちょいで1時間半を超える演奏時間だった。
11日(金)
ジャヒーム
若干22才、ニュージャージー出身の新進R&Bシンガー。なんかルーサー・ヴァンドロスを一生懸命聞いてそのスキルを獲得したそうだが、今どきこんなに伝統的R&Bのおいさしさを出せるシンガーが出てきたなんて、と感激させる人ではありますね。元ノーティー・バイ・ネイチャーのケイ・ジーが後見人、トラックはヒップホップ的味付けありという人でもある。
深夜に、渋谷・ハーレム。プロモでやってきたついでに人前で歌う。F.O.H.がサクっと歌ったあと登場。そして、彼はテープに合わせ、30分ぐらいのパフォーマンスを披露する。曲によっては、二人の女性ダンサーがつく。この日の昼にインタヴューしたときも途中で2度も勝手に歌いはじめたりして(やっぱ、歌うのが好きなんだねー)鼻唄とはいえ生歌に触れたためもあってか、もっともっと歌えるはずという思いもしたが、けっこう酔っぱらっていたのよく判りません。
話は外れるが、その取材のとき帰ろうとしたら、呼び止められて一緒に写真撮ったりしたが、後で考えるとうーね。ロジャー・トラウトマンとか、シックのバーナード・エドワーズとか、モーフィンのマーク・サンドマンとか、取材したあとミュージシャン側からの要求で一緒に写真を撮った人にはあまりな不幸が起こっていたりするのだよな。写真が趣味のサンドマンなんかぼくを自分のカメラで撮った写真をでっかく引き延ばし、ちゃんと自らのクレジット印を押したものを返送してくれたりしたのだが……。でも、ジャヒーム君の場合はあちらのワーナーの人の誘いだったので大丈夫でしょう。その後、朝の10時すぎまで、またとってもとっても飲む。そんなことなっちゃうのはbmr誌の岩間くん以外ないですね(苦笑)。
10日(木)
マウス・オン・マーズ、オヴァル、ヴァート
電気系装置を巧みに扱うドイツの3アーティスト共演が出演する、お得な公演を見る。渋谷・クアトロ。当然、かなりの込み具合。1、2番目に出たヴァート、オヴァルはうーむ。ただ聞くぶんには刺激的な音の文様の描き方であり、音の零れ方をしているんだけど、そのオペレートの様子が見えないとただCD聞いているのと変わらないかもなーという思いがしちゃう。上に鏡を置くという非常にローテクなことをやってくれるだけでも興味の引かれ具合はだいぶ違うと思うが。……って、これじゃ昨年のマウス・オン・マーズ公演の前座を書き留めたときの文章(4月8日)と変わらないですね。細かいところ、見せたくないのかなー。とはいえ、CDを聞き込んでいる人だと違いが分かりまくって音だけでも興味深くてしょうがないのかもしれぬが。オヴァルの途中でトイレに出て、そしたら知り合いと会って、外でずっと話し込んじゃった。
マウス・オン・マーズは、その点ライヴの意味、アピールの仕方をやはり心得ている。もう、レコードと同じことを開かれた場でやってもしょうがないぢゃんという気持ちを持っているのかな。前のときと同様に、ベースやドラムを実際に用いてのもの。実は、そんなマウス・オン・マーズゆえ、生バンドで事にあたり聴衆をあっと言わせた前回ライヴからまた大きく違う設定で来る可能性もあるのではないか。なーんて、ぼくは大きな期待を抱いたりしたのだが、残念ながらそれはなし。でも、やはり目も耳も引く、お茶目でもあるパフォーマンスではあった。やはり、信頼できる人達であるなというのはつくづく感じられました。
3日(木)
橋本一子
令嬢風の可憐なルックスに似合わぬ前衛派ジャズ・ピアニストとして世に出たのは20年以上も前のこと(その当時は、俺だって知らない)、これを読んでいる人は名前さえも知らない人も少なくないか。
そんな彼女は旦那の藤本敦夫とポップ側を向いたはみ出し表現もやったりもしてきたのだが(ぼくが最後に彼女を見たのは、その二人のユニット、カラード・ミュージックのライヴだったか。なんにせよ、15年ぐらいは前のことであるのは間違いないが)、ここのところは純ジャズと呼べるようなことを(少なくてもアルバム上では)やっている。
新宿ピット・イン。この日はマイルス・デイヴィス絡みの曲を自分なりに繙いた新作『マイルス・ブレンド』(徳間ジャパン)リリースを追ってのもの。アルバムと同様に、井野信義(ベース)、藤本敦夫(ドラムス)とのトリオにて。なるほど、しっかり自分の息づかいを通したジャズ・ピアノ表現を聞かせる。かつてはアヴァンギャルドな弾き方を果敢にやってたと記憶するが、ここではそれなりに丹精に指をはわせる。途中、ピアノを弾きながら漂う歌を聞かせるが、それやはりいいナ。ピンと来た。ともあれ、どこにも属さない感性を持っている人であるのは間違いない。
それにしても、藤本の演奏にはびっくり。もともと素人感覚を売りにしてきた人だが、定石にはまらずドラムスを気儘に歌わせようとするそれは耳を引く。やっぱ上手くなくとっちらかってはいるが、それはそれで自由の謳歌、女房の演奏に異化作用をもたらしているところは間違いなくある。まあ、その分、間に入っている井野は大変ではあったろうけど。彼にも拍手。ともあれ、しいて藤本に似ているのをあげるなら、60年代中盤のデナード・コールマンの演奏となるか。オーネット・コールマンは自分のフリー・ジャズ表現に自由な風~子供の心を持ちつづけるために、当時トーシローというしかない9歳だか10才だかの息子デナードを起用したことがあった。ブルーノートの『エンプティ・フォクスフォール』参照。なんか、藤本の悪びれることのないヘタ公な演奏聞きながら、見習わなくちゃナと感じるところあり。それから……そうだ、ジャズはハプニングの、破綻の表現ではなかったのか。決して、まっとうな技術見本市たる表現ではなかったはず、なんて思いも頭をかすめる。
ところで、寒くて(ほんの少し無茶して)風邪ひいた。喉重く、鼻水ずるん。しくしく。
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by eisukesato
| 2001-06-01 00:00
| 音楽
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2001年5月3日〜31日
31日(木)
ハイラム・ブロック・バンド・フィーチャリング・エドガー・ウィンター
また、見ちゃった。でも、行って良かったな。って、昨年6月21日の項でも同じようなこと書いているが。なんか、俺ワン・パターン? しくしく。
今回はエドガー・ウィンターが同行となっていたんだが、2~3曲ぐらいハイラムたちの演奏にゲストとして係わるのかと思っていた。ところが全然違ていた。1曲目(なぜか、タワー・オブ・パワーの「ホワット・イズ・ヒップ」)からハイラムとのデュオでなされた最後の曲まで、ずっとステージ上にいっぱなし。なだけでなく、キーボード、アルト・サックス(かなり、上手)、歌(とくに、ファルセットの歌声は魅力的だった)で見事に係わりまくりだった。うち3分の1はエドガーを前に出したものだったのだが、バッキングの様を見ても本当に確かなミュージャンシップを持っている人なのだなと痛感させられることしきり。30年前のロッカーって、本当に確かな人が多いよナ。
というわけで、これまでのハイラムのステージとは曲目も含めてだいぶ感じの違ったパフォーマンス。よしよし(ウィル・リーのファンは彼の出番が減っていて、残念に感じたかもしれないけど)。どんな経緯でハイラムとエドガーが組むようになったかは判らないが、けっこうお手合わせしているんじゃないのか。1部と2部は曲目違いなようだし、日によっても違う曲をやったりするらしいし。南青山・ブルーノート東京。
29日(水)
マグマ。ブーツトラップ・ロウ・カット
まず、渋谷のオンエア・イーストで、昔っからいるフランスのプログレッシヴ・ロック・グループのマグマ。熱心なファンが総出といった感じで、満員。もー、曲が終わったときの歓声の凄いこと。
熱意あるプログ・ロックの聞き手では到底なかったぼくは彼らの名前は知っていても音を聞いたことはなし、すまんこってす。まるっきりどんなことをやるのか見当つかずに見に行ったが、結論から言えば相当に高揚しながら聞けた。
ピアノ、ギター/ピアノ、ベース、ドラムに、男女二人づつのヴォーカル隊という布陣。なんて書いたらいいのかなあ、伸縮性にも富むリフをどんどん繋げていき、その合間合間にヴォーカル隊が百花繚乱状態で入り込み……。クラシックやジャズが自在に込み入った、壮大でもある音楽絵巻。1曲目は約30分。終わるとエレピの一音が出ないので交換するからといって、約10分間のブレイク。そして、また飄々と出てきた彼らは長めの曲をこなしていく。こういう表現もあるのだなーと、頷きながら接するのみ。聞きながら、フランク・ザッパの欧州版なるもの、なんて感想も得た。女性もまざって意気揚々とやっているところは、欧州白人流儀によるスライ&ザ・ファミリー・ストーンだァと思わせたりね。約1時間半後に本当の休憩に入る。
残念ながら休憩に入ったところでイーストを出て、同じビルにあるネストへ。リンプ・ビズキットの来日時、フレッドにヴォーカル・トレイニングをやってあげて彼を締めたという武勇伝を持つ(笑い)女性ヴォーカリスト、ユカリー率いるバンド、ブーツトラップ・ローカットのライヴ。ザ・グルーウァーズの高橋ボブをはじめとするなかなかの面子だが、確かにいいバンド。ビブラストーンズにいた横銭ユージのメロディアスでもあるドラムスには感服。そして、正々堂々の歌。まさしく。
途中、その前身バンドであるブーツトラップ時代のメンバーたち、tokie やGRACE (ソロを叩くと、ビリー・コブハム!)ら女性プレイヤーもゲスト入り。さらにデミセミ・クエーバーのエミも登場、キーボードの抑えたが一部マイルス・デイヴィス的であった。
なお、彼女たちのCD『ダスク=ドーン』(ソング・バード SBCD00104 )が6月27日にリリースされるんで、興味のある人はよろしく。ブーツトラップ・ロウ・カットとブーツトラップ連合軍による録音作デス。
27日(日)
ブッゲ・ヴェッセルトフト
たまに定休日の日曜にやるブルーノート東京のクラブ・イヴェント“イヴニング・ブルー”の出し物として、ノルウェーの新機軸ジャズ・レーベル“ジャズランド”関連のアーティストが登場、けっこう胸を膨らませて行きました。だって、その本物のジャズ感覚と現代的電気効果の交錯のさせ方はあまりに魅力的なものであるから。
イヴニング・ブルーに顔を出すのは初回のときいらい(昨年5月14日)、8時にジャズランド社長でもあるブッゲたちの実演が始まるというので、それに合わせて行ったら、場内に入ったときはすでに演奏が始まっていた。会場は盛況。
キーボード(ブッゲ)、ベース(縦が中心)、ドラムス、DJというワーキング・バンドにてのパフォーマンス。やはり、相当にかっちょいい。実のあること、やっている。拍手! エレピのソロをとったりすると、ブッゲのソロはハービー・ハンコックに影響受けてるなーと思わせたりも。そういえば、彼のセクスタント時代の表現の現代化を計ったような曲もあったか。蛇足だが、フリー・ジャズ的なものと電気的効果を重ね合わせようとしていた、あの頃のハンコックはどーしようもなく冴えていた。
ところで、ブッゲは自己レーベルから3枚のリーダー作を出しているが(どれも好盤)、ぼくの評価のなかでは新作が一番低い。それは、彼の確かなジャズ感覚がクラブ的語彙に埋没しているように思えたからなのだが、彼が説明するには、新作はDJとの協調が面白くてそっちのほうに重点を置いたアルバムなのだ、とのこと。なるほど、その答えには納得。次作はまたジャズ側に揺り戻した内容になる予定とか。
そして、途中からは、ジャズランド唯一のポップ・ユニット、ビーディ・ベルのベアテ嬢が登場、ビーディ・ベルの曲をブッゲたちをバックに聞かせる。なぜ、斬新路線を標榜するジャズランドがビーディー・ベルのような中庸な音楽性を持つ人達を送り出すのか? そういう疑問をやんわりと聞いたら、やっぱり後続の若手たちに道を開けてあげたいからというようなことをブッゲは言っていた。……のだが、後から伝え聞くところによると、なんでもブッゲは大学生だったベアテをナンパし、スタジオに住まわせりしたらしい。ブッゲさんは本当におとなしい(人と話すときあまり目を合わさない)真面目そうな人なのだが、やっぱオトコなのねー。ホテルの部屋、一緒なのかなー。昔、ドーナル・ラニー(アイリッシュ音楽界の大御所)とシャノン・シャノン(美形の、若手実力派アコーディオン奏者)が一緒にツアーを回るとき同室だったというのを聞いて、仰天しつつ、さすが大将って思ったことがあったが。そういえば、この前のスティーヴ・マルクマス公演(5月17日)で触れているバカ女も、マルクマスの彼女だとその後に聞きました……。
25日(金)
モー
うわー、絞りのTシャツ来た人、たくさん。知人が、ありゃありゃと驚いてました。いわゆるジャム・バンドとして、米国では相当な人気を集めている5人組。夏とかには単独で複数のアーティストが出演する野外フェスを主催したりして、そこにはアニー・ディフランコのような人が参加ちゃったりもするんだよなー。って、この情報は前にもかいような気もするなー。とほほ。
2ギターの絡みを表現の中央に置く、基本的には弛緩した土着系ロック・バンド。ぼくにはその演奏自体よりも、客層やその反応を見ているほうが面白しろかった、かも? 昨年来日時のTシャツ来ている人がいたけど、それには背中のほうにカタカナで“もう”と印刷されていた。彼ら、熊ならぬ牛のぬいぐるみでも売ればいいのに。いや、ベタなこと書いてて、自分でも顔赤らんでます。渋谷・クラブクアトロ。
22日(火)
矢井田瞳
渋谷・アックスで、やたら人気出ちゃったみたいな矢井田瞳。やっぱいい曲書いてて(アレンジは子供っぽいときもあるが)、ちゃんと伸びのある声で歌える娘だよね。デビューしたてのころ取材をしたことがあるんだけど、なにより真っ直ぐで健やか。それが、彼女の最大の美点ですね。
6人のバック・バンドを率いての実演。ベースとドラムスは女性だが、確かな力量。ベースはぼくが大好きだったスーパー・ジャンキー・モンキーにいたお嬢さん。ともあれ、ライヴで聞くと余計に、声のヴィブラートの掛かり方が魅力的だナと感じたりも。それは、ときに沖縄やケルト系をうっすらと(あくまでうっすらと)思い出させるところも。
本編の前に、英国女性シンガーのシェイ・シーガーが出てきて少し歌い(バックは自分のバンドか?)、そして本編最後のほうにはスウェーデンの人気歌手メイヤが出来て、矢井田とお互いの曲を歌いあったりもした。本編は12曲、約1時間のショウ。
20日(日)
ザ・チーフタンズ
ちょうど2年ぶりの来日。前回も見ているが(1999年5月29日)、その感想は実にあっさりしたもの。まさしくそこに書いてあるとおり、見れては良かったとは思うのだが、実に薄口な印象を受け、なんか俺には地味すぎるなーと感じずにはいられなかたんだよなー。
ところが、今回、あっと驚くぐらい、ぼくはニコニコでき、発汗させられた。やっぱ、コンサートは事情が許すかぎり見なきゃネ……。
なぜに、今回そんなに良かったと思えたのか。一つはゲストの多さがいいほうに向かったのは間違いない。今回はフィルドル奏者の一人が病気かなんかで欠席で、まだ23歳のカナダ人リチャード・ウッドが全面的に付いたほか(彼の単独公演の様子は、99年9月14日の項参照)、さらに二人のアコースティック・ギタリストやイヴォンヌさんという女性シンガーが曲によっては入るし、当然ときに男女のダンサーも出てくるし。また、中盤には矢野顕子と元ネーネーズ古謝美佐子が加わり……。もう、テンコ盛り。飽きさせないし、何より楽しさに結びついていたなあ
。
普通これだけいろんな人が係わると、ただやっちゃっているだけ、焦点がボケたものになりそうだが、そうならないのはザ・チーフタンズの底力というか、滋味ゆえのためというか、回りの人達が本当にじいさんたちを敬っているというか。以上、渋谷アックス。うーん、ここの飲み物の売店、やっぱ使えない。堂々看板を出しているネスカフェはものすごく企業イメージを下げていることに気付くべきである。
18日(金)
モレーノ+2
カエターノ・ヴェローゾの息子+2人。お台場・TLG。さすがに、満員。
最初は少しありゃと思う。まず、姿にオーラのようなものがまるでないし、歌もフツーっぽい。そんなにオヤジと比較しようという気持ちはなかったが(やっぱ、少しはあったかな)、最初はちょっとしょぼかった。だが、バックの味付けがすこしづつ濃くなると、どんどんいい感じが増してくる。冒頭のほうは、本人もいまいち緊張していた部分もあったのかナ。
モレーノのギター弾き語りに、ベース担当(一部、エフェクト音も)とリズム担当の二人。ところで、さすがブラジルと思わせたのは、前者はやたら小さなベースを使っているし(最後のほうは三弦のものも弾く)、後者は電気パッドを両手で叩いて(キック用パッドもあり)、手動の綻びたプログラム音的なものを作り上げるやはり、それはブラジル的伝統がこむら返りしつつ、生きたものだと感じる。で、なんかそれがいい。どこか酔狂だし、クリシェを排そうとするような何かを飄々と出していて。そして、それらが噛み合わさることで、今のブラジルの若手のノリみたいものがしっかりと出てもいたかな。モレーノさん、貧相だけど、とってもいい人そう。
都内に戻り(って、お台場も立派な都内だって)飲んでたらどーでもよくなって、夜中のリキッドのレイ・ハラカミをミス。どーだったんだろ。なんか、この10日間、いつにも増してよく飲んでるなー。でもって、記憶力の悪さや固有名詞に対するいい加減さはこのところ清々しいぐらいにひどい。お酒は間違いなく、それを増進させているようで、少し怖い。ちなみにこの4月30日のグループ名はジャズ・トリオでなく、トリオ・ジャズ。ひでえ。あんまりだ。ここに訂正します。ジャレットさん、御免なさい。
17日(木)
スティーヴ・マルクマス
まず前座として、カナダ人の太った、オタクな風情も持つ外見的に冴えない若造(近く、エイヴェックスからアルバムが出るそうな)がエレピを弾きながら歌う。非常に古典的とも言える、円満なピアノ弾き語り。悪くない。これがハンサム・ガイだと、即それなりの人気を集めるはずじゃと感じる。うーん、今のポール・ウィリアムス(笑)と称され、売られてくれ。
そして、元ペイヴメントのスティーヴさん。ギター/キーボード、女性ベーシスト、ドラマーをしたがえてのもの。もう最初の曲をやりはじめたとたん、すぐにポっとなる。やっぱり、この人はとんでもない才を持つソングライターぢゃあという感激のようなものが沸き上がってしまったのだなー。なんか、その歌が聞ける至福感にぼくはゆるゆる。と、これは公演アタマのほう。
途中から、ちょっと疑念のようなものも頭にむくむくと沸いてくる。その一番の理由は、ときどき出てきて金切り声あげる(手にはいつもタンバリン)バカ女のせい。なんじゃ、あれは。お金を取って見せる最低のラインを割っていた。そんなバカを自由にふるまわせているマルクマスにも腹が立ってきちゃった。すると、なんかいろいろとズサンさが鼻についてきゃったりして。ギターの奏法もいいナと思ったし、楽しめるところは多々、だが……。ぼくはたぶん彼のソロ作を今年のロック系のベスト10に入れるだろう。その気持ちはかわらない。でも、キミの実演はもう見ないようにするよ(と言って、見ちゃうんだろーな)。
15日(火)
キップ・ハンラハンのディープ・ルンバ
昨年1月に続く来日(1月12日の項を、まず参照してね)。今回もまた、彼なりにアフロ色の強いラテン表現=ルンバを追求しようとする“ディープ・ルンバ”の編成によるもの。今回は前回急遽キャンセルになった名手ミルトン・カンドーナもばっちり同行、総勢10人強。前回まざっていたサックス奏者のチャールズ・ネヴィル(ザ・ネヴィル・ブラザーズ)は今回はいず、代わりにかどうかは知らぬがヴァイオリン奏者が入っていた。
ステージ上にはずらりとコンガやティンバレスらパーカッション類やドラム・セット。前回の文章でドラマー三人と書いてあるけど間違いで、実際は二人。それは今回も同じ、ただチューニングの異なるドラムスを一つあまらせて置いていて、必要なときドラマーはセットを変えるということをやっている。前回はちょうど来日していたレッド・ホット・チリ・ペッパーズのドラマーが飛入りした日で、それで3人で叩いていたのだが、ぼくはまさかその人がチャド・スミスたなんて思いもしなかったのだった(その事実、あとかは知りました)。なんでも昨年のブルーノート東京飛び入り大賞はそのチャッド・スミスと、ドクター・ジョン公演に出たエリック・クラプトンというのが風評ですね。
残念ながら、前回ほどの感激はなし。それも仕方なかろう。前回は本当に待ってましたアという感じだったもんなあ。でも、また来たら、当然ぼくは見に行く。それは生理的に美しい体験の音楽というしかないものだから。
なお、変人ハンラハンは今回は一応前を向いていた。すこし、偏屈度は減ったという感じがありますね。彼、さすがラテンの血をひかないくせにラテン音楽(だけではないが)にひかれるだけあって、とんでもないサッカー・ファンなのだそう。なんでも、憧れの職業はサッカー評論家だそうで、実は音楽もサッカーの監督が選手を動かすようにやっているのだという。うわあ。本編となんら関係ないが、totoの1回目で3等を当てているワタシ。ヒヒヒ。
14日(月)
キセル
近くメジャー・デビューする、京都出身の兄弟ユニット。下北沢・キュー。もともと狭いハコだが、超満員。入場して、たっぷり汗をかく。ああ、これからの夏場が思いやられる。
ステージに登場した二人を見てすぐに思ったのは、うわあルックス悪い。兄貴のほうは合コンなんかに混ざると陰で“キモイ”とか言われそうなタイプかな、や失敬。兄貴がギターで弟はベース(ちゃんと弾く)。歌はどっちも歌う。彼らはビート音やプリセットのシンプルな装飾音にあわせて、飄々とパフォーマンスを展開する。なるほど、バンドは分が悪い時代なのか。
まず、感じたのは、そのバック・トラックの趣味の良さ。シカゴの音響系を思わせるといおうか(確か、7月にはそっちのほうの来日公演の前座を務めるとMCで言っていたはず)。1曲はダビィな感じのものもあり、ヴォーカルの処理もそれっぽい。なかには、はっぴいえんどを想起されるような曲も(って、オレあんましはっぴいえんどって聞いたことないんだけど)あったが、その色付けゆえ、今を向いているナと思わせられる。ただ、性欲なさそうというか、そんなところに違和感を覚えたりもした。
曲調は、どれもミディアム以下のほのぼのというかゆったり調。だが、伴奏部分がたっぷり取ってあるのと、MCもたっぷりやるため(ぼくにはちょっとイヤ)、10曲ちょいで1時間半を超える演奏時間だった。
11日(金)
ジャヒーム
若干22才、ニュージャージー出身の新進R&Bシンガー。なんかルーサー・ヴァンドロスを一生懸命聞いてそのスキルを獲得したそうだが、今どきこんなに伝統的R&Bのおいさしさを出せるシンガーが出てきたなんて、と感激させる人ではありますね。元ノーティー・バイ・ネイチャーのケイ・ジーが後見人、トラックはヒップホップ的味付けありという人でもある。
深夜に、渋谷・ハーレム。プロモでやってきたついでに人前で歌う。F.O.H.がサクっと歌ったあと登場。そして、彼はテープに合わせ、30分ぐらいのパフォーマンスを披露する。曲によっては、二人の女性ダンサーがつく。この日の昼にインタヴューしたときも途中で2度も勝手に歌いはじめたりして(やっぱ、歌うのが好きなんだねー)鼻唄とはいえ生歌に触れたためもあってか、もっともっと歌えるはずという思いもしたが、けっこう酔っぱらっていたのよく判りません。
話は外れるが、その取材のとき帰ろうとしたら、呼び止められて一緒に写真撮ったりしたが、後で考えるとうーね。ロジャー・トラウトマンとか、シックのバーナード・エドワーズとか、モーフィンのマーク・サンドマンとか、取材したあとミュージシャン側からの要求で一緒に写真を撮った人にはあまりな不幸が起こっていたりするのだよな。写真が趣味のサンドマンなんかぼくを自分のカメラで撮った写真をでっかく引き延ばし、ちゃんと自らのクレジット印を押したものを返送してくれたりしたのだが……。でも、ジャヒーム君の場合はあちらのワーナーの人の誘いだったので大丈夫でしょう。その後、朝の10時すぎまで、またとってもとっても飲む。そんなことなっちゃうのはbmr誌の岩間くん以外ないですね(苦笑)。
10日(木)
マウス・オン・マーズ、オヴァル、ヴァート
電気系装置を巧みに扱うドイツの3アーティスト共演が出演する、お得な公演を見る。渋谷・クアトロ。当然、かなりの込み具合。1、2番目に出たヴァート、オヴァルはうーむ。ただ聞くぶんには刺激的な音の文様の描き方であり、音の零れ方をしているんだけど、そのオペレートの様子が見えないとただCD聞いているのと変わらないかもなーという思いがしちゃう。上に鏡を置くという非常にローテクなことをやってくれるだけでも興味の引かれ具合はだいぶ違うと思うが。……って、これじゃ昨年のマウス・オン・マーズ公演の前座を書き留めたときの文章(4月8日)と変わらないですね。細かいところ、見せたくないのかなー。とはいえ、CDを聞き込んでいる人だと違いが分かりまくって音だけでも興味深くてしょうがないのかもしれぬが。オヴァルの途中でトイレに出て、そしたら知り合いと会って、外でずっと話し込んじゃった。
マウス・オン・マーズは、その点ライヴの意味、アピールの仕方をやはり心得ている。もう、レコードと同じことを開かれた場でやってもしょうがないぢゃんという気持ちを持っているのかな。前のときと同様に、ベースやドラムを実際に用いてのもの。実は、そんなマウス・オン・マーズゆえ、生バンドで事にあたり聴衆をあっと言わせた前回ライヴからまた大きく違う設定で来る可能性もあるのではないか。なーんて、ぼくは大きな期待を抱いたりしたのだが、残念ながらそれはなし。でも、やはり目も耳も引く、お茶目でもあるパフォーマンスではあった。やはり、信頼できる人達であるなというのはつくづく感じられました。
3日(木)
橋本一子
令嬢風の可憐なルックスに似合わぬ前衛派ジャズ・ピアニストとして世に出たのは20年以上も前のこと(その当時は、俺だって知らない)、これを読んでいる人は名前さえも知らない人も少なくないか。
そんな彼女は旦那の藤本敦夫とポップ側を向いたはみ出し表現もやったりもしてきたのだが(ぼくが最後に彼女を見たのは、その二人のユニット、カラード・ミュージックのライヴだったか。なんにせよ、15年ぐらいは前のことであるのは間違いないが)、ここのところは純ジャズと呼べるようなことを(少なくてもアルバム上では)やっている。
新宿ピット・イン。この日はマイルス・デイヴィス絡みの曲を自分なりに繙いた新作『マイルス・ブレンド』(徳間ジャパン)リリースを追ってのもの。アルバムと同様に、井野信義(ベース)、藤本敦夫(ドラムス)とのトリオにて。なるほど、しっかり自分の息づかいを通したジャズ・ピアノ表現を聞かせる。かつてはアヴァンギャルドな弾き方を果敢にやってたと記憶するが、ここではそれなりに丹精に指をはわせる。途中、ピアノを弾きながら漂う歌を聞かせるが、それやはりいいナ。ピンと来た。ともあれ、どこにも属さない感性を持っている人であるのは間違いない。
それにしても、藤本の演奏にはびっくり。もともと素人感覚を売りにしてきた人だが、定石にはまらずドラムスを気儘に歌わせようとするそれは耳を引く。やっぱ上手くなくとっちらかってはいるが、それはそれで自由の謳歌、女房の演奏に異化作用をもたらしているところは間違いなくある。まあ、その分、間に入っている井野は大変ではあったろうけど。彼にも拍手。ともあれ、しいて藤本に似ているのをあげるなら、60年代中盤のデナード・コールマンの演奏となるか。オーネット・コールマンは自分のフリー・ジャズ表現に自由な風~子供の心を持ちつづけるために、当時トーシローというしかない9歳だか10才だかの息子デナードを起用したことがあった。ブルーノートの『エンプティ・フォクスフォール』参照。なんか、藤本の悪びれることのないヘタ公な演奏聞きながら、見習わなくちゃナと感じるところあり。それから……そうだ、ジャズはハプニングの、破綻の表現ではなかったのか。決して、まっとうな技術見本市たる表現ではなかったはず、なんて思いも頭をかすめる。
ところで、寒くて(ほんの少し無茶して)風邪ひいた。喉重く、鼻水ずるん。しくしく。
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by eisukesato
| 2001-05-01 00:00
| 音楽
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