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ここのところの、訃報
🔹カルロス・ワード(1940年5月1日〜2026年1月16日)
興味深い、ぼく好みの音楽遍歴を持つ、アルト・サックス/フルート奏者が亡くなったようだ。少しSNSで訃報が流れたが音楽系ネットやウィキペデアでは報じられておらず、ここに掲載するのは控えていた。のだが、その後も少しSNS に出たりもするので、間違いで訂正できればと思いつつ、挙げることにした。
パナマシティ育ち。1953年に家族とワシントン州シアトルに移住し、まずクラリネットを吹くようになった。高校に入るとはアルト・サックスを始めた。1960年代初頭には軍に入隊、海軍音楽学校でも学んでいるという。ドイツ駐留中にはアルバート・マンゲルスドルフやカール・ベルガーといった進歩派とも出会いレコーディングをするとともに、渡独中のエリック・ドルフィーやドン・チェリーとも出会っている。帰国後、シアトルに楽旅してきたジョン・コルトレーンのステージに一緒に立つ機会に恵まれた。その模様は2021年に蔵出しされた1965年10月2日の同地のザ・ペントハウスで録音された『至上の愛〜ライヴ・イン・シアトル』(インパルス!)で聞くことができる。
それがきっかけでコルトレーンにNY行きを勧められ、サニー・マレイ、ラシッド・アリ、ヘンリー・グライムス、セシル・テイラーら左側の実力者たちと共演し、一方ではファンク・バンドのB.T.エクスプレス(2009年11月26日)にもメンバーとして加入、彼は1970年代中期のアルバム3作に入っている。初リーダー作『Lito』(Leo)は1988年と遅いが、それはウディ・ショウと2管を組むカルテットによる前年のノース・シージャズ祭でのライヴ盤だった。アブドゥーラ・イブラヒム、ドン・チェリー、ラズウェル・ラッド、ポール・モーシャン、カーラ・ブレイ、セシル・テイラー、キップ・ハンラハン、ドン・プーレン、アミナ・クローディン・マイヤーズら、錚々たる人たちのアルバムにワードは参加している。ああ、人名を連ねるだけでも胸高鳴る。
https://eisukesato.exblog.jp/33440004/ 訃報
https://eisukesato.exblog.jp/33457191/ 出てくる映画
+B.T.エクスプレス
https://eisukesato.exblog.jp/31288059/
🔹ビリー・ベース・ネルソン(1951年1月28日〜2026年1月31日)
ジョージ・クリントンの床屋があったニュージャージー州プレインフィールド・ネイティヴで、ファンカデリックの初代ベーシストを務めた名ファンカーが亡くなった。同アイコン的ギタリストのエディ・ヘイゼルのP-ファンク加入は、彼の推挙による。クリントンと揉めて1971年にP-ファンクを脱退したが、フィッシュボーンのノーウッド・フィッシャーやチリ・ペッパーズのフリーら敬礼する人は少なくない。1993年にはビル・ラズウェルとの共同プロデュースで、OGファンク名義による『アウト・オブ・ザ・ダーク』(ブラック・アーク/ポリスター)をりリースしてもいる。同作のジャケット・カヴァーは、煙草を吸うネルソンのアップの写真だった。
+P-ファンク/ジョージ・クリントン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-7.htm 触れていないが、フジ・ロック
http://43142.diarynote.jp/?day=20090905
http://43142.diarynote.jp/201102081256005311/
http://43142.diarynote.jp/201304150853287353/
http://43142.diarynote.jp/201504131109395934/
https://43142.diarynote.jp/201612011925201175/
https://43142.diarynote.jp/201905010724461038/
https://eisukesato.exblog.jp/33254566/
https://eisukesato.exblog.jp/34166055/
https://eisukesato.exblog.jp/34762143/
🔹スティーヴ・ワシントン(1958年9月18日〜2026年2026年2月1日)
ファンク・ステイトたるオハイオ州を語らんとするファンク・バンドのスレイヴやオウラの中心人物だった、トランペット他まさにマルチ奏者であるスティーヴ・ワシントンは67歳で亡くなってしまった。マイケル・ジャクソンやプリンスと同い年だが、早すぎるな。生まれたのは、ニュージャージー州のニューアーク。1984年には、ワシントン自身初にして唯一のソロ・アルバム『Like A Shot』(Rams Horn)をリリース。また、1980年代に彼はジョージ・クリントン表現にいろいろ助力。それも、彼のファンク歴を語るには外せない。
🔹エボ・テイラー(1936年1月6日〜2026年2月7日)
ギタリスト、作編曲家、プロデューサーである、ガーナの顔役ミュージシャンだった偉人の訃報も届いた。享年、90。1950年代後半からハイ・ライフのバンド活動し、60年代上半期にはロンドンで活動、その際にフェラ・クティとも共演した。制作者としても大車輪しつつ、1970年代にはガーナの伝統音楽とアフロビートやファンクやジャズを重ねる方向に出て個性を確立。2000年代に入るとサンプリング需要もあり、国外の若い聞き手も獲得。88歳にして初めて渡米、エイドリアン・ヤング(2016年3月21日、2018年08月31日)とアリ・シャヒード・ムハマド(2018年08月31日)の助けで『Jazz is Dead22』(Jazz is Dead,2025年)もりリースしている。
+エイドリアン・ヤング
https://eisukesato.exblog.jp/33310436/
https://eisukesato.exblog.jp/33413592/
+アリ・シャヒード・ムハマド
https://eisukesato.exblog.jp/33413592/
🔹フレッド・スミス(1948年4月10日〜2026年2月5日)
ベーシストのフレッド・スミスは77歳で亡くなった。NYC生まれで、マンハッタンの病院で癌により死去。有名バンドではブロンディ(2006年09月07日)をへて、トム・ヴァーレインのテレヴィジョンに加入。その前任者はリチャード・ヘルだった。同バンドは1978年に解散したが、90年代の再結成に彼は参画もした。なお、スミスというと一部ではワインのほうで知られる? 1999年に彼の妻であるポーラ・セレギーノはワイン作りをイーストヴィレッジの自宅アパートで始め、その後ニューヨーク州ハドソン・バレイに夫婦名を冠した“セレギーノ・スミス”というワイナリーを開設。それは古き良きクラフトマンシップによる少数生産の希少メイカーとして評価を受け、その運営にはフレッド・スミスの見識も生かされたと言われる。うむ、一度飲んでみたい。
+トム・ヴァーレインの訃報
https://eisukesato.exblog.jp/32824751/
+ブロンディ
https://eisukesato.exblog.jp/31119920/
🔹チャック・ネグロン(1942年6月8日〜2026年2月2日)
3人のリード・シンガーにプラスしてバンドという編成をとっていたスリー・ドッグ・ナイトのフロントの一人であったチャック・ネグロンはLAのスタジオシティの自宅で、83歳で亡くなった。ずっと心臓と肺が弱っていたという。ブロンクス出身、長身でUCLAではバスケットボールの選手もしていた。1967年に誘われて、スリー・ドッグ・ナイトを結成。彼らは基本曲を作らずいい曲を拾い上げ、ロック・バンド編成で娯楽性豊かに披露するというスタイルを採用した。それは歌謡曲作法というべきか、下手でもいいから率直に自分の気持ちを語る曲を自分たちで歌うというロック流儀とは相容れないものであったが、選曲の良さもありヒット曲を連発。1970年代初頭は米国を代表するロック・バンドの一つであったかもしれない。そのお目付役は、セッション・ギタリストをしていたリチャード・ポドラーが勤めた。難産を意味する『ハード・レイヴァー』(ダンヒル、1974年)は特殊ジャケットだった。なんてことを思い浮かべるぼくは、ネグロンが歌うランディ・ニューマンの「ママ・トールド・ミー」は好きだったが、彼らにとってはいい聞き手ではなかったと思う。ネグロンの酷いドラック中毒もあり、1976年に解散。1981年には再結成もしたが、彼は薬禍もあってか不参加。薬が抜けた1990年代に入るとネグロンはソロとして活動をはじめ5作強のアルバムをりリース。赤裸々な自伝『Three Dog Nightmare』(Renaissance Books刊、1999年)も執筆した。
