
佐藤英輔のライヴ三昧 Diary noteから引っ越し中
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タイリーク・マクドール。シーラ・E. & ザ・Eトレイン 2025年10月29日(水)
まずフロリダ出身のハイチ系アメリカ人ヴォーカリスト、25歳というタイリーク・マクドールを丸の内・コットンクラブで見る。ファースト・ショウ。
ピアノ/一部キーボードのケイラン・カルデロ、ベースのダン・フィン、ドラムのゲイリー・ジョーンズ・サードという面々とステージに上がった彼は……。ありゃ、歌わず自らキーボードをうれしそうに抑え、反復系のインストゥメンタルを聞かせる??? 屈指の若手ジャズ・シンガーだと思って行ったら、さっそく不思議インストを聞かされたよん。ベース奏者はこの時だけ電気を弾き、後は全曲ダブル・ベースを弾いた。総じて音のバランス、リズム・セクションのそれがでかい公演だったな。
2曲目からはピアノ・トリオを従え、本格的な歌唱を聞かせる。ほう! お見事。たっぷりした声質のもと、情豊かに歌う。その堂々性は思っていた以上で、ぼくはサマラ・ジョイ(2023年4月6日)と同等の質じゃねえのと思ってしまった。物腰も円満、愛嬌ありでよろしい。
デビュー作『Open Your Senses』(Artwork,2025)は複数のリオン・トーマスやファラオ・サンダース(2003年4月22日、2006年8月23日、2009年7月8日、2003年4月22日)やニコラス・ペイトン(2010年7月24日、2010年9月30日)曲、さらにセロニアス・モンクやホレス・シルヴァーやハイチのトラッドなどを取り上げていて、彼は作曲はしていなかった。そこらへんはサマラ・ジョイと同じであり、歌ものバッキングのピアノ巧者であるサリヴァン・フォートナー(2010年5月30日、2011年2月22日、2012年3月23日、2014年2月19日、2016年1月27日、2023年6月28日、2025年8月19日、2025年8月21日)がそのデビュー作に入ったりもしていた。
ともあれ、ときに鳴り物を手にしながらの歌力は今の男性ジャズ歌手でトップじゃねえのと思ってしまったのには、自分でも驚いた。スキャットはしない(アルバムでは豪快にするブルース曲もあった)が広がりの感覚はあり、他人曲を歌っても自作曲のような風情を出し、接する者をぐわしと引きつける。そして、アコースティックであってもどこかコンテンポラリーな雫を抱えているところもマル。2作目(サマラ・ジョイもメジャー移籍のそれで売れた)が勝負、ブレイクしほしい。
▶サマラ・ジョイ
https://eisukesato.exblog.jp/33188918/
https://eisukesato.exblog.jp/33513090/
▶サリヴァン・フォートナー
http://43142.diarynote.jp/201006071814015815/
http://43142.diarynote.jp/201102240921561671/
http://43142.diarynote.jp/201203260806527228/
http://43142.diarynote.jp/201402201343247604/
https://43142.diarynote.jp/201601301016081732/
https://eisukesato.exblog.jp/33321985/
https://eisukesato.exblog.jp/34672518/
https://eisukesato.exblog.jp/34675203/
▶︎過去の、ファラオ・サンダース
https://eisukesato.exblog.jp/33480596/ 4月22日
https://43142.diarynote.jp/200608271341340000/
https://43142.diarynote.jp/200907131200224908/
https://eisukesato.exblog.jp/32332786/ 訃報
▶️ニコラス・ペイトン
https://eisukesato.exblog.jp/31311675/
https://eisukesato.exblog.jp/31312124/
その後はドラムを叩くシーラ・E.(2002年8月12日、2006年8月10日、2009年5月11日、2009年9月20日、2011年1月19日、2014年6月29日)と、彼女のグループを見る。ザ・Eトレインとは2000年代前半に彼女がコンコード・レーベルと契約していた際のスムース・ジャズ・グループの名前だが、またその名でライヴをやっているよう。南青山・ブルーノート東京、セカンド・ショウ。
同行者はヴォーカルのリン・メイブリー、5弦電気ベースのアフトン・ジョンソン(2019年2月15日)、キーボードのバートロン・カーティス、マイク・デイヴィソンという面々。メイブリーはなによりP-ファンク黄金期にファミリー入りしていたシンガーで、パーラ/ファンカ作ほか各構成員のリーダー盤やブライズ・オブ・フランケンシュタイン(P-ファンクの女性コーラス・グループ)作群でお馴染みの人。他にもトーキング・ヘッズなど様々な作品にクレジットを得る彼女だが、実はシーラ・E.のアルバムにもいろいろ入っている。仲良しの彼女たち(年齢は1歳違い)は一緒に、社会貢献の組織を運営したりもしているようだ。
近2作はラテン(・ポップ)濃度の高いアルバムと剛気さを増したそのインストゥルメンタル・ヴァージョン盤だったが、ステージ上にパーカッションがないようにラテン度数はあまりなし。だが、プリンス(2002年11月19日)・バンドでの勇姿を思い出させるシーラ・E.のドラム作法はときにカウベル音なども入れ、ラテンの何かを感じさせるか。いや、それ以上に生理的に獰猛さを抱える彼女のドラムミングは上原ひろみがピアノと向かい合う姿と同じように、接する者の心を射抜くところがある。シーラ・E.は歌もうたい、それもマル。他の奏者もときに歌声を重ねたりもし、その風情もよし。
途中、彼女が中央に出てきてヴォーカルに専念する際は、サウンド担当のお兄ちゃんがドラムを叩く。シーラ・E.とメイブリーは歌いながら場内を回ったりもし、サーヴィス満点。また、1曲ニューオーリンズの大有名曲(曲名、忘れた〜)をやったあと、楽器のできる人はと問いかけ、ステージに上げた観客にキーボードとギターとベースを弾かせ、1コードのジャムをやらせてみたり。そのときは、キーボード奏者がドラムを叩いた。
そして、締めは40年前の大ヒット曲「ザ・グラマラス・ライフ」。当時、この曲を使った日本のTV-CF(パナソニック?)に赤いスティックを持った彼女も出たよな? 後方にいた女性が一緒に完璧に歌っていて、ヒットしたんだなーと再認識。お金が取れ、何よりもシーラ・E.の心地の良さが身に沁みた公演でありました。
▶過去の、シーラ・E
https://eisukesato.exblog.jp/33480555/
http://43142.diarynote.jp/200608111021270000/
http://43142.diarynote.jp/?day=20090511
http://43142.diarynote.jp/?day=20090920
http://43142.diarynote.jp/201101231220535615/
https://43142.diarynote.jp/201407030943343160/
▶️アフトン・ジョンソン
https://eisukesato.exblog.jp/33425135/
▶︎プリンス
https://eisukesato.exblog.jp/33480566/
▶️ニューオーリンズのシェアの精神からの、観客演奏
https://eisukesato.exblog.jp/31119612/
https://eisukesato.exblog.jp/31129226/
<今日の、新聞>
日本経済新聞朝刊は月替わりで、エスタブリッシュされた経済人や文化人の半生を伝える<私の履歴書>という記事を毎日掲載している。この10月は、岡田武史の巻。サッカー好きとしては、いつも以上に興味深く見ることができた。←”見る”と書いていて違和感を覚える人もいるだろうが、”読む”と書くほど真剣には読み込んでいないので。同様に(?)、ぼくは”聴く”ではなく”聞く”と表記する。それは”聴く”と書くと、じっくり音楽と対峙するような生真面目さが出ちゃうような気がするから。ぼくはもっと楽に音楽をたのしんでいる。
話が逸れてしまった。元に戻すと、岡田は選手時代はプロ化にはあまり興味がなく、また引退後は社業(古川電工)に専念するつもりもあったのか。邦楽器奏者の奥さんとは学生結婚、思い切りはいい人なんだろう。そして、自分の欲求に忠実な人。指導者としての才覚もあったんだろう(W杯南ア大会の、現実を見た直前の戦術変更は見事に結果を出した)が、次々ポンポンと指導者としての活動の場を広げていった。今はFC今治の運営会社の長だが、かつてぼくは愛媛県に行った際に、すでに愛媛FCというJのチームがあった松山市と今治市が近いことに驚いた。普通だったら、そんな近くにJを目指すチームを作ろうとはしないよな。集客でめちゃくちゃ苦労、共倒れしそうだもん。でも、好都合な話が持ちかけられ、彼は乗った。そして、FC今治は愛媛FCと同じく、今J2にいる。彼は高校の校長とか、今治に関連していろいろ現在やっているようだ。
そうした彼の話であれれと思ったのは、岡田とは同い年で日本サッカー協会のエリート街道を歩んでいた加藤久のこと。加藤はW杯フランス大会前に技術委員長になっており、当時監督に就いていた加茂周は代表チームのそれにはにふさわしくないので代えるべきと答申。だが、当時の日本サッカー協会会長の長沼健がそれを却下し、それで加藤は技術委員長を辞めたと連載にある。結局、当の加茂はふがいない試合運びを続けて予選途中で解任されてしまう。そのため急遽監督の座に就かされなんとか本大会出場に導いたのが、同コーチをしていた岡田だった。加藤の答申が通っていたら、はたして今の岡田はいるか。加藤が次期監督として想定していたのは、ブラジル人のネルシーニョだったということだ。
ところで、日本サッカー協会の技術委員長というと、その役職についていた影山雅永のトホホな顛末が今は頭に浮かぶ。岡田の連載が始まったころ、彼は飛行機のビジネス・クラスの席(半個室だったんだろう)で児童ポルノを見ていたのをCAに見られ、中継地のフランスで逮捕/有罪。それ、U-20ワールド・カップが行われていたチリに視察で行く途中のこと。あーあ。オレ、彼が選手だったころのJEF(岡田は選手時代、その前身のチームにいた)のディフェンダー陣、好きだったんだよな。こんなことを書いたことがもあった。 (下のほう) https://eisukesato.exblog.jp/31301492/
