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佐藤英輔のライヴ三昧 Diary noteから引っ越し中


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映画『ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?』

 2023年米国映画『ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?』(原題:What the Hell Happened to Blood, Sweat & Tears?)をネット試写で見る。


わ、物騒なタイトルではないか。ブラッド・スウェット&ティアーズは1960年代後期に世に出てシカゴ(2010219日)やチェイスなどとともにブラス・ロック興隆の一躍を担った大所帯のグループだ。歌と鍵盤のアル・クーパー(2003618日、20071210日)とドラムのボビー・コロンビーとギターと歌のスティーヴ・カッツが中心となり、1968年にジョン・サイモン制作の『Child Is Father to the Man』(Columbia)デビューした。その後、アル・クーパーが脱退し、オーディションを経てジョー・コッカー型のカナダ人シンガーであるディヴィッド・クレイトン・トーマスが加入した2作目が全米1位を獲得し、彼らはスターダムに登る。そこからのカットされた3曲はどれもトップ5内ヒットとなり、現在60代以上の洋楽を聞いていた人なら誰でも知っている存在だろう。


 そんな彼らは絶頂期の19706月にルーマニア、チェコスロバキア、ポーランドの3ケ国を回る東欧圏ツアーに出ていた! それは初の米国ロック・グループの共産圏楽旅となるものであり、その顛末をこの映画は様々なマテリアルとともに語ろうとする。


その東側ツアーの模様を伝える映像はかなりあり。というのも、そのツアーは米国国務省主体で企画され、そこには政府の人間(CIA職員もいたろう)やそれをプロパガンダするための撮影クルーも同行したからだった。どうして、そんなツアーが実現したのか。それは当時の米国大統領だったニクソンとソ連にくっつきつつ米国との関係も縮めようとしたチェコの独裁者であるチャウシェスクとの面談が発端。とうぜん体制になびくことを嫌がるメンバーもいたが、不良ゆえのカナダでの悪行が問われトーマスのグリーンカードが没収されることになってしまい、その再交付と引き換えに当時のマネイジャーが政府丸抱えツアーを受けることに決めた。


 うわあな時代の混乱を伴う、異なる体制下でのツアーの表裏。そんな東欧ツアーから戻った面々の最初の公演はNYマジソン・スクエア・ガーデンで、前座はマイルス・デイヴィスだったという。とはいえ、彼らは帰国後、権力に魂を売ったロック・バンドとして批判され、またラスヴェガスのシザーズ・パレスにも出演したことも悪評を招き、不幸に消えて行ったという語り口で映画は終わる。彼らが初の共産圏ツアーをしたなんてぼくは全然知らなかったが、確かにそのため彼らは批判を受けたという記載とそれに起因する本映画が作られているという情報が英語版ウィキペディアにはある。


でも、そうなのかという思いも抱く。19706月にはボビー・コロンビーとなによりサイモン&ガーファンクル物件で知られるロイ・ハリー制作による『ブラッド・スエット&ティアーズ3』を出し、前作とは比較にはならないながらけっこう好セールスだったはず。その後もBS&Tはときに離散しつつもヒット曲を何作も持つゆえに再集結し、アルバムもいろいろと出し続けてきている。なるほど、その後のBS&Tはデイヴ・バージェロン、ラリー・ウィリス、トム・マローン、マイク・スターン、ロン・マックルーア、ジャコ・パストリアス、スティーヴ・カーン、ニア・フィルダーらジャズ系奏者の受け皿にもなった。


ところで、いろんな証言者が出てくるが、ボビー・コロンビー(今はBS&T には加わっていないものの、バンド名の権利を持っている)の品のいい老紳士ぶりにあらら。彼は一時はコロムビア社員ARになり、80年代中期に自らフロリダでスカウトしたジャコ・パストリアスのデビュー作やザ・ジャクソンズ(20111213日、2012127日)のアルバムをプロデュースしたんだよな。また、その姿を見ると一時はテレビ・レポーターもしていたという話にも頷ける。


ときに激しい映像も用い1960年代の冷戦の負や揺れる合衆国の姿をこの映画は浮き上がらせる。ああ、時代……。そして、イカしたブラス・セクション音(東欧ツアー時にはルー・ソロフもメンバーにいる。その前任者はランディ・ブレッカーだった)がそうした映像に合う。しかし、BS&Tのメンバーって大方無細工だったんだな。


 国務省主導の記録映像は東側の意を汲み、お釈迦となってしまう。だが、それも発掘されたようで、この映画は作られたよう。監督は映画『ジョン・コルトレーン チェイシング・トレーン』(20211122日)を作ったジョン・シェインフェルドがやっている。9月下旬からロードショウ公開されます。


過去の、アル・クーパー

https://eisukesato.exblog.jp/33480603/

https://43142.diarynote.jp/200712161018240000/

▶︎過去の、シガゴ
http://43142.diarynote.jp/201002211122268480/

https://eisukesato.exblog.jp/33403340/ ダニエル・セラフィンのCTA

過去の、ザ・ジャクソンズ/ティト・ジャクソン
http://43142.diarynote.jp/201007161048008489/
http://43142.diarynote.jp/201112201157058751/
https://43142.diarynote.jp/201212131613509711/
http://43142.diarynote.jp/201512091352434769/
https://43142.diarynote.jp/201608241301049887/
https://43142.diarynote.jp/201902020805005099/

▶️過去の、映画『ジョン・コルトレーン チェイシング・トレーン』

https://eisukesato.exblog.jp/33467648/


<今日の、かもね>

 政府丸抱えの共産圏ツアーがBS&Tの活動に多大な傷をつけたとするなら、70年前後は本当にロックはカウンター・カルチャーであったということだろう。当時のバンドとしては群を抜いて反体制の姿勢を出していたシカゴは、その後音楽性と重なるように姿勢も甘くなり、スター満載による1985年反アパルトヘイト曲「サン・シティ」の際には、南ア白人の特権的施設であるサン・シティでシカゴが公演をしているというので、そのトレイラーで出演者から彼らはディスられるまでになってしまった。「サン・シティ」の決めのリフレインは「サン・シティでは演奏しないぞ!」だった。だが、シカゴはずっと活動を維持。それは、1980年代中期には半体制というロックのスタンスが薄くなったことを意味するかもしれない。

 ところで、BS&Tの東欧ツアーはアメリカ国務省が国外にアメリカン・ミュージックの担い手を派遣する文化交流プログラムにおう。1950年代初頭からそれは行われ(映画ではサッチモやディジー・ガレスピーもそれに駆り出されたことを伝える)、日本に来るジャズ・ミュージシャンもそのプログラムの流れにあったこともあったはず。それがなかったら、日本にジャズは今ほど根付かなかったかもしれない。


by eisukesato | 2024-06-29 00:00 | 映画 | Comments(0)