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佐藤英輔のライヴ三昧 Diary noteから引っ越し中


by eisukesato

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2003年10月3日〜31日

31日(金)

コートニー・パイン

 南青山・ブルーノート東京。まずは、過去の彼の公演の項(2000年5月30日と2001年3月12日)を見てくだい。今回もまたDJなしのセットでやる。やはり、絶対にDJやエレクトロニス担当者がないほうがいい。今回は歌やラップ要素もなし、完全にインストで迫る。子供っぽいソロの交換もないし(もっと、みんなじっくりソロを聞かせる)そういう部分では、大きく過去に戻った部分もある。でも、レゲエ要素を多分に入れたソウル・ジャズ的なサウンド指針を取り、以前よりはずっと親しみやすいものとなっている。新しい部分はあまりないながら。ギター2本、ベース(エレクトリック・アップライト)、キーボード、ドラム、パーカッションという編成で、キーボードのみ非黒人。バンドの黒人たちはみんなスキンヘッドか、短い丸刈り。ギターの一人はやたら影が薄いが、ソロ・パートになると途端にまっとうな演奏をするので少しだけびっくりする。どうやら、ユニヴァーサルをドロップし、次作は自分で出すようだが、それはどんな内容になるのだろうか。

 そうした実演に触れながら、「俺をもうジャズ・マンと思わず、サックスを吹くレゲエ・ミュージシャンだと思ってくれ」という彼の少し前にやった過去のインタヴュー発言を思い出し、その真意〜リアル・ジャズから離れようとする気持ちの奥にあるもの〜を考える。ジャズというストリクトな表現の壁にぶちあったり、もーいーやとなったのか。それとも、やり続けるうちにレゲエやファンクなどのほうが気軽で自分の性にあっていると考えるようになったのか。……。でも、聞いているうちに、先の発言は、出来るだけ多くの人とファミリアな関係を持ちたいと望むからこそのものではないのか、なんて思えてきたりもした。自分のなかにあるミュージシャンシップを発揮しつつも、できるだけ多くの人を感動させたい、喜ばせたいという純な心情がその奥にはあるんじゃないのか。彼に甘い(?)ぼくは、途中かからそう思えてならなかった。

 コートニーは1887年、初来日時にこんなことも言っていた。「子供のころ、レゲエのB面のインストにあわせてサックスを吹きまくったんだ。そして、その後、あらゆるジャズのサックス奏者を貪欲に聞きまくり、僕もその大きな輪の一員になろうとしたんだ」

 彼は今、彼が子供のころに触れた<B面のインスト>的なものになろうとしているのかもしれない。

 この日はファースト・ショウを見たが(本当はファーストかセカンドかというのを、ちゃんと明記したほうがいいのか。同じ日でも演目や出来に大きな違いが出る場合もある。今後、ちゃんと書くようにしようか)、その終了時間帯の青山通り周辺には仮装した人がそれなりに歩いている。あー、ハロウィーンかあ。ぜんぜん、認知していなかった。うー、余裕ねえ。今日は遊んじゃうが、間違いなく明日からの三連休は仕事づけ。ものすごーく、仕事が溜まっている。一部、予定もキャンセル。とほっ。


27日(月)

ハパ。アーマッド・ジャマル。

 ハパは、NY生まれのアイリッシュ系優男(ギター、歌。ギャビー・パヒヌイにはまり、ハワイな男になったという)とハワイのネイティヴ(ベース、歌)からなる、ハワイのデュオ。とか書いているが、全然どんなことをやる人たちか知らないで行ったのだが。第一、ぼかあ、ハワイと全然縁のない人間なんだよなあ。結構いろんな国に行っていると思うが、なぜかハワイと香港はいまだ行ったことがない。「サトーくん、ハワイを馬鹿にしちゃいけないよ。ハワイは深いよ」なんて、したり顔で言う人もいるのだが、このままだと、行かないで死んじゃうのかなー。

 ハワイの音楽シーンを1990年代初頭に画期的に変化させたグループだそうだ。それについてはよく判らぬが、やはりネイティヴふうなサポート・ギタリストを伴って演奏を始めた彼ら、うまい。音の重なりが効果的かつ綺麗で、1曲目なんかプリセット音もかましての演奏かと思ってしまったぐらいだもの。倍音とかの重なりが絶妙だったんだろーな。とにかく、ハワイの伝統的要素とフュージョン(ベースのソロなんてもろにそれ)やフォーク・ロックとかの要素をいろいろとうまく重ねる。その比率はいろいろだけど。曲によっては、ハワイ的なノリを濃厚に感じさせるフラ・ダンサーと、男の人(音楽的には何もしない)が加わる。渋谷・Bunkamura シアターコクーン。

 その後、南青山・ブルーノート東京で、ミュージシャンズ・ミュージシャンという感じで、独自の位置を得ているピアニストのアーマッド・ジャマルのトリオ。ジャマルは外見がちょっと痩せたカーティス・メイフィールドみたいな感じ。で、やっぱし味がいい。微妙な癖、ちょっとしたアクセントの変化とか、巧み。なんともよしろい。なんかジャズの機微、ピアノの機微を知っているゾと思わされる。一曲目は結構、アヴァンギャルドだったな。曲によっては、寄り添うリズム隊のサポートが絶妙で、奔放なようでいながら、リハは徹底してなされているようにも感じた。また、キース・ジャレットとか菊地雅章とかに顕著なように腕の立つ“我輩型”ピアニストは指裁きとともに唸り声をあげる場合が往々にしてあるのだが、彼はそういうのが一切ない。それも、好印象を与えるものでありました。ああ、ジャズ・ピアノは深い。


25日(土)

アシャンテ

 キーボード2、ギター、ベース、ドラム、コーラス3。そして、ときにダンサーが3。有楽町・国際フォーラムのA。凄い人気なのね。埋まってたし、明日もここでやるそうだから。このぐらいだと、日本盤はどのぐらい売れてるのかとか、そっちのほうに思いは飛ぶ。

 何度か変えた衣装は露出度高め、アイドル系R&Bタレントであることをまっとうする。ただし、おめしかえのときのバンド演奏がフィーチャーされる本人不在部分はアイデア不足と感じる。また、後ろのヴィジョンに映し出される映像も凡庸(でも、最後のほうに流された、小さい時分のものとかは興味深かったナ)、その他の構成なども考慮の余地ありと思われたが、大筋においては楽しい、エンターテイメントになっていたと思う。途中で、スタージ前方から銀色テープがボワンと沢山噴出され、同時に天井から赤と黒の風船がたくさん落ちてきたのには、素直にうわあいいぞと感じる。あれには、みんな大喜びになりますね。1時間半ぐらいの実演だったか。火柱も数本、一度あがったっけか。


24日(金)

OOIOO、キム・ゴードン&ザ・スウィート・ライド

 渋谷・クラブクアトロ。まず、キム・ゴードンが中心となるバンドが出てくる。ギターを弾いて歌う彼女に加え、エレクトロニクスのイクエ・モリ、ベースのジム・オルーク、そしてはみ出しジャズ系との共演の多いDJオリーヴという4人編成。初っぱなは立って聞くのがきついかなと思ったら、どんどん引き込まれていってびっくり。まっとうな即興精神に支えられた、ひっかかりと流動性がかみ合うスリリングな音交歓がなされていてとってもニヤニヤしちゃった。ゴードンの歌も、そうしたものに、とっても合っていて感心。聞きながら、もうソニック・ユースはお終いにしてもいいんじゃないの、とも思った。あれは、もう形骸化していないか。

 少し間をおいて、OOIOOが登場。先のがとっても有機的な即興性を持っていただけに、決めてあったパーツの積み重ねという印象を得てしまったが、そのパーツ自体はやはり興味深いものではあったかな。気儘で、臨機応変な音楽的好奇心の開示、なんて形容も可能か。約束ありで、途中で退座しましたが。


24日(金)

マルコス・ヴァーリ

 昨年(11月7日)に続く、南青山・ブルーノート公演。ギター、サックス、ベース、ドラム、パーカッション、女性サポート・ヴォーカルという編成。ドラムだけはブラジル人ではなく、英国に住むイタリア人とか。今回は最初からバンド編成でのパフォーマンス。本人は例によって、ギターを弾いて歌ったり、ピアノを弾いて歌ったり。翌日取材し、本人が言うには、曲作りや色付けを考えるときはギターでやるそうだが。ギターを用いてこそブラジルっぽさは出る、とも。やっぱ、才がある人であり(70年あたまのオデオン時代の、あの逸脱ポップ路線は本当に凄かった)、それを今あっさり出している人。ちょうど60才だが、3人目の奥さんとの子供はまだ小さい。彼が大きくなるまでは音楽をやっていたい、なんてことも言っていた。1番目と2番目の奥さんの写真は、最近日本盤再発された『ボサ・ノヴァ・ボサ』の内ジャケに載せられている(と、教えてくれた)。このまま、彼らは欧州ツアーをするという。


22日(水)

クレイグ・デイヴィッド

 本国ではウェンブリー・アリーナで堂々公演する人気者も、日本では青海のゼップ東京でやる。なんでも、豪州~東南アジア・ツアーにおける韓国国公演がキャンセルになったおかげで、打たれた興行のようだ。雨が降ってたいたので、思わず車で行ってしまい、しらふでショウを見つづける。

 なるほど、格好よい青年。声域はそれほど広くないが、魅力的な、いいシンガーだと思う。終始、熱烈な歓声を受けていたのも納得ですね。ちゃんとしたバンドを率いての、完全なメインストリームなシンガーとしての行き方による実演。でも、随所に英国人らしさもあるわけで、そこがやはり彼のポイント。結構、満足できた公演だった。前回の来日パフォーマンス(2000年8月31日)はイヴェントのちょい出演だったけど、やはり3年という月日の歳月はいろいろと変化を導くナとも思わされた。


21日(火)

ワールウィンド・ヒート、ザ・ホワイト・ストライプス

 前座で、ザ・ホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトのレーベル、サードマン・レコード所属のワールウィンド・ヒートが出る。いやあ、生で見ると相当に魅力的なバンド。ヴォーカル(ほんの少しだけ、キーボードも弾く)、ベース、ドラムのトリオ。ぎくしゃくしたビートが基調となり、そこにひしけゃげたヴォーカルが絡み、ポスト・ニューウェイヴ期のパンク調バンドを今に持ってきた感じと説明したい。アルバムだとテクノ・ポップっぽい局面もあったりするが、肉感性が増してる実演ではそういう感触は皆無だ。また、ちゃらい印象も完全に払拭されていた。メンバーの痩身の佇まいもいいし、奥で黒人音楽を愛好している感じもあるし、かなり感銘を受ける。それらは、強くインタープレイの感覚を内に持つものでもあり、一部はジミ・ヘンドリックスのエクスペリエンス的なのりをこの編成に移した感じもあるんじゃないか、とも思った。もう主役を見る前から、彼らはザ・ホワイト・ストライプスよりか数段優れたバンドであることをぼくは確信。それを、送りだしているホワイトさん、太っ腹ね。

 そして、ザ・ホワイト・ストライプス。おお、アルバム・カヴァーは赤と黒でまとめられていたが、ステージ上もまた同様。楽器、床の色、そして、二人の恰好も。ホワイト君(化粧していた?)のぴったりとした薄い布地のパンツは股間のもっこりを非常に強調するもの、確信犯なんだろうナ。それ、女性には嬉しいものだった? ともあれ、ローディにまで黒のスーツとシャツに赤いネクタイを着用させるなど、徹底したイメージ強調路線が取られていた。

 ステージ上には生理的にヘンテコな男女。きっかり、その二人だけによるパフォーマンス。ディストーションの効いたギターに、女性のドカスカ・ドラムが合わせられる(あまり巧くない。女性でなければ存在意義なし)。たまに、キーボードが用いられる場合もあるが、本当にそれだけの音構成。スタジオでもくもくと二人でやっていたものをそのまま公の場で開いたような内容だナと思わせるそれは、非常に密室的な感覚を持つ。用いる語彙はレッド・ツェッペリンをはじめとする1970年前後のロック系のそれ。もう、それだけ。でも、二人は成りきって、二人でできることだけをどすこいとやる。それが、何でもありの今の時代、不思議な感興を呼び起こす、というのもなんとなく了解。タブーと言うと大袈裟だが、なんかコレハ歪ナ、イケナイモノヲ見テイルノダという気にさせるのが、彼らの人気の理由ではないか。酔狂なイメージを持たせる男女がべったり密室の秘儀めいたことを、あっけらかんと披露する。彼らは兄弟だって言われている(元夫婦というネタもあるらしい)が、そうしたことも、彼らの立派なイメージ戦略だろう。なんか、その粗雑な愛撫合戦を見ていると、こいつらふだん一緒に風呂入ってんじゃねーか的な(もっと言ってしまえば、近親相姦的な)ダークな感想を引き出すところあるから。純な音楽面ではそれほど特筆すべきところはないが(それは30代以上、および耳年増の人の言いぐさ。昔のロックを聞いていない、若い人はそう捉える必要はない)、ロック~ポップ・ミュージックとして、あってしかるべきの徒花、トリック・スター道をまっとうしていたというのが、実演を見てのぼくの印象だ。


20日(月)

メストリ・アンブロージオ

 ブラジルはレシーフェの6人組、渋谷・クラブクアトロ。いやあ、大笑い。ほぼ、最高。ヴァイオリン(ハベッカという名称らしい)を適当に弾きながら歌う人を中心に(1曲は電気ギターも弾いた。リーダー的な存在だろう飄々とした彼はなんかブレイヴ・コンボのメンバーにいそうな感じ)、電気ベース、あとは全員パーカッションのグループ(うち、一人はアコーディオンも少し)。でも、十分に立ってて、メロディアスでもあるし、華やかで、やんちゃで。でもって、まったくもって合点がいったのは、彼らがいろんなブラジルの伝統表現に明るく、それに則った先に破天荒な今を作り上げているということだ。とにかく、パンクな民謡てな感じのものから、手作り感覚に満ちた素朴なプラネット・ヘンプと言う感じものまで。伸び伸び、しなやか。昨年の来日公演のときはもっとロックっぽく、ステージが広いぶんだけもっと跳ね回っていたそうだが、十分にぼくは満足。判断はつかないが、より深みを増している部分はあったのではないか。


16日(木)

ロニー・リストン・スミス

 グルーヴィかつ、スピリチュアルなフュージョンをずっと聞かせ続けるキーボード奏者を赤レンガ倉庫・モーションブルー・ヨコハマで見る。そんなに熱心な聞き手ではないが、ほぼ想像どおりの実演で、気持ちよく聞けた。電気ベース、ドラム、打楽器(ちょっとうるさいときも)もやるシンガーを従えてのパフォーマンス。なんか、後ろで一人はりきって踊っているおじさんがいると思ったら、近田晴夫さんだった。

 横浜の帰り、学芸大学で降りて、話題のデザイナーズ・ホテル、目黒クラスカに行く。近所に住んでいる人の話によれば、改装される前は、誰がこんなところに泊まるのという寂れたホテルだったそう。その1階ロビーで、オールナイトのフリー・パーティがあった。ぼくが着いたときは、ファンタスティックプラスティックマシーンの田中知之が回している。かなりな混み具合。あんまし明るくなかったし、いまいち良く判らなかったけど、期待したほどお洒落な場所という感じはなかったかも……。その後サンパウロ(2002年11月15日)が出るはずでそれを目当てに行ったのだが、それが始まるまでと飲みに誘われ、ずるずる飲んじゃいそのまま不帰。タカ、ごめん。


15日(水)

トレメ・ブラス・バンド

 虎の門・JTアートホールアフィニス。ニューオリンズのブラス・バンドが出演した。8人編成、ちゃんとユニフォームを来ている。ぼくは初めて聞く名前だが、学生時代にニューオリンズ・ジャズをやっていた人は馴染みのあるグループと言っていた。

 適当にヤレた人達による、敷居の低いニューオリンズ・スタイルのブラス・バンドと言える。管楽器奏者と二人の打楽器担当者とともに、正装し傘を持った出で立ちの、狂言回し役の男性が付く。彼はときに客席を回り愛想を売る。最後はトレメの前に露払い的に20分ぐらいの演奏をやった、ブラック・ボトム・ブラス・バンドが出てきて、みんな一緒に笑顔の共演。


14日(火)

イブライム・フェレール

 渋谷・オーチャードホール。2001年2月9日いらい。おお、全17人もステージにいる。みんな、ちゃんとスーツを来ている。見栄えがする。バンド・リーダーはトロンボーン奏者。セカンドのリーダーも、トロンボーン奏者。なんか、過剰にトロンボーンに反応しちゃう、ワタクシ。ピアニストだけが異常に若いと思ったら、なんとロベルト・フォンセカじゃないか。まあ、ブエナ・ビスタ・ソーシャル・クラブの興行に関わることがあったそうだし、いろんな人が入っていたフェレールの新作にも入っていたから、ぜんぜん不思議ではないが。2年前に彼にインタヴューしたことがあるが(畑は違うけど、アルバムを聞いて若いときのハービー・ハンコックを思い出したよ、と言ったら大喜び。一番影響を受けたのは、アルセニオ・ロドリゲスとか)、才ある若手ピアニスト。彼はキューバでは、ヒップホップ制作者としても活動しているはず。ベーシストはカチャイート・ロペス(2001年11月21日)、他にもブエナ・ビスタに入っているメンバーはいたのかな。

 前回の来日の模様を記した項で、やたら褒めまくっているが、今回は最初はそれほどでもって感じ。曲調のせいか、なんか演奏が締まらないぞという所感を当初持ってしまったのだ。まあ、そんなにラテンに入り込んでいないワタクシですから、明晰な根拠はないのだが。ギタリスト(ときにオルガンも)は、ライ・クーダーとの共演アルバムを今年出しているマニュァル・ガルバン。1曲で取ったギター・ソロにはありゃ。トリッキーなブルーズ・マンというような感じもあるのだが、けっして上手くは聞こえない。なんかラリったケルヴィン・ベルか、しらふのサトウエイスケみたいな演奏だと思った。うひゃ。

 でも、みんな楽しそうに、お互いの演奏を尊重しあい、それに基づきコール&レスポンスをしている様子を見ているとやはりニコニコしてきしまう。フェレール翁も本当にココロあふれる。そして、元気に歌う。なんか近くで見ると、彼はクレイジーケンバンドの横山剣がじじいになったみたいなルックスだとも思った。とにかく、誠心誠意。バックの人達も同様で、本当に擦れていない。偉いなあ。2回だかアンコールに答え、ステージを引き上げるときはまめに握手しようとする人に応える。結局、2時間以上やったよな。みんな、敬老の精神がないなあ(苦笑)。


12日(日)

フィリップ・ベイリー

 宮崎行き。地元財界主導によるスターネット・アジア・エアウェイズは初々しい。好感を持つ。東京のチェックイン・カウンターに一人、レヴェルの高い女性いました。

 宮崎芸術劇場。すげえ、立派な施設。周辺の作りを含めて。なんでも、建設省あがりの人が知事として長年県政を牛耳っていたのだそう。第三セクター運営で軽~く弾けた宮崎シーガイアもその人肝入りのものなのだったそうだ。

 フィリップ・ベイリーはここ2作、非常に質の高いリーダー・アルバムを出している。言うなれば、“ジャズの要素をうまく消化した、大人のもう一つのR&B”というものをきっちりと創出していて、ぼくは非常に彼のことを高く買っている。でも、コンサートにおいてはやっぱり“EW&Fの”という肩書がついたものであり、実演はEW&Fを効果的に配したものになるのかと思ったら、ずうっとそのジャジー・ソウルのりで迫ってきてびっくり。キーボード、サックス、ギター、ベース、ドラムというバンドも、その行き方を意識しての人選であることが伺えた。バック・ヴォーカルは3人用意。うち、若い女性はフィリップと結婚して間もない人。彼女がEW&Fのツアーのバッキング・ヴォーカルで参加したとき知り合ったとかで、ご懐妊しているそう。そして、もう一人はフィリップの先妻との息子さん。小柄で幼い感じもある彼は、現在バークリー音楽大学で歌を学んでいるという。

 さすが終盤は、EW&F曲のメドレーやソロとしての大ヒット曲「イージー・ラヴァー」で突っ走る。総じて、裏声比率は高くない。だが、最後のほうで、何度かものすごいパワフルな裏声シャウトを聞かせて、うひゃあ。裏声に頼らなくなったのは、総合的なシンガーでありたいという願望の表れとともに、かつてほど裏声が出なくなってきているせいじゃないかと判断していたから。

 それから、先日のチャカ・カーンもそうだったが、この日のベイリーもスライ・ストーン曲の引用を見せた。とっても、嬉しい。ああ、なんでスライはこんなにもいいんだろう。

 この日宿泊したのは、シーガイアにあるシェラトン・リゾート。立派ね。目の前に海とゴルフ場が広がる。俺がゴルフ好きだったら、胸ときめきまくりだろうな。最上階にあるバーにはオーストラア人の女性ジャズ・シンガーと日本人のピアノ・トリオが出ていたが、深夜やはりそこに当宿しているベイリー・バンドの面々が次々に飛び入りする。サックス奏者はけっこう出っぱなし(普段はジャズをやってて、キャノンボール・アダリィが大好きって言ってた)、ドラマー、ギター奏者、そしてベイリーの息子も。彼は、えっと思うぐらい下手。演目はすべてジャズ・スタンダードでした。


10日(金)

東京スカパラダイス・オーケストラ、チャカ・カーン

 日本武道館。まず、スカパラ(2002年、7月7日)が出る。聞かせる、見せる。今、“スカ・ビヨンド”表現をやらせたら、世界一イナセで、上手いバンドだろうなあと思う。7時50分に終わることになっていたのか、7時49分にスカっと終わる。プロだなあ。トロンボーンをもらってしまったため特にトロンボーン奏者を注視するが、北原雅彦(1999年9月12日)のソロはシャープ。身体も動くし、カッコいいなあ。ああ、<今日のトロンボーン>ってコーナー作るとか記しておいて(2003年8月6日)、ぜんぜん書いてねえなあ。うう、けっこう仕事と遊びが忙しくて、触ってません。それをネタとして、bmr11月号に<トロンボーンと私……>というコラム原稿を書いただけ。ちぇっ。
 
 25分の休憩後、チャカ・カーンが登場。ギター、ベース、キーボード2、ドラム、そして女性コーラス4人を従える。屈託のない、ヒット/有名曲がずらりと並ぶのオン・パレードのショウだった。もちろん、ルーファス(今にして思うと、かなりロックっぽくもある、オルタナなソウル・バンドでしたね)時代の曲もする。バンド音はいまいち音質が良くなく(その面でも、スカパラは良かったね)、気が削がれる部分もあったものの、意外なくらいチャカは好パフォーマンスをしたと感じた。声が想像以上に出ていて(たしか、1980年代のライヴはボロボロのときがあった)、彼女ならではのかっとびの感覚を存分に出していた。とともに、愛想も良く、そういうステージ運びの面でもとってもOK。なんか終わった後、かなり満足している自分がいた。パフォーマンス自体は59分できっかり終わる(とか、覚えているのは、武道館はステージ横に時計があるから)。そして、すぐに客電がついた。

 ところで、そのショウを見ながら、チャカの涙を見たことを思い出した。1990年代初頭のインタヴュー時のこと。もう、豪快な人。「(日本では本来のシャカではなく、チャカと呼ばれていることについて)そんなの気にしてないワ。どっちにしろ、私の事を指しているのは間違いないんだから!」。ところが、マイルスが亡くなってしばらくしての事で、そのことに触れたら、付き合いのあった彼女は突然涙ぐんでしまったのだった。

 それから5年後ぐらいにまたインタヴューしたら、彼女はぼくのことをとっても覚えていて、ものすごーくフレンドリーな態度を取ってくれて、もー最高にらしい発言を連発してくれた。姐御、最高! あのとき、『ウマーン・アイ・アム』という自伝を書いていると言っていたけど、どーなったのかな。大昔、彼のツアー・バンドに入っていた人から、ちょっとここで書くには憚られる話(でも、彼女らしいか)を聞いたこともあるが、とにかく破格のキャラとともに、R&B界をかっとんできた女性であるのは間違いないない。


8日(水)

ジョー・ザヴィヌル

 ウェザー・リポートを率いていた、おじさんである。実は、ぼくはウェザー・リオートが苦手。最初期はマイルス・デイヴィスの『イン・ア・サイレント・ウェイ』のノリを簡単にした感じがあって、まだいい。ちなみに、同作はマイルスのアルバムのなかで、ぼくは一番好きなアルバムだ。そのセッションをもとに、ザヴィヌルとウェイン・ショーター(2001年7月3日、2002年8月25日)の双頭バンドとしてウェザー・リポートはスタートした。ところが、3~4作目あたりから、どんどん音楽性が凝っていくに従って、薄っぺらでプラスチックっぽい感覚を彼等にぼくは感じるようになってしまった(って、リアル・タイムでは聞いてません。ぼくは、完全に後追いで彼等を聞きました)。グルーヴもあまりないし。でも、そういうふうになってから、ウェザーは大人気を獲得しているから、ぼくが駄目な聞き手なのかもしれない。でも、ぼくはしっかりそう思っている。

 ただ、ウェザー解散後、ザヴィヌルがソロを出すようになって合点がいったのは、ザヴィヌルはウェザー時代からずっと自分の考えるワールド・ミュージック~ジャズもその一種だった~をやりたかったのね、ということ。そういう意味では、彼の姿勢はずっと一貫していた。なんか、それを感じるようになってから、ウェザーを聞くのが楽になったのは間違いない。

 赤レンガ倉庫・モーションブルー・ヨコハマ。そして、彼はもちろん、私の考えるジャジィなワールド・ポップを展開。2曲目は、リトル・フィート(2000年12月8日)の「デイ・アット・ザ・ドッグ・レイシズ」(77年作『タイム・ラヴズ・ア・ヒーロー』収録)を思い出させる。あのころ(アルバムだとロウエル・ジョージがちょっと後ろにさがり、ビル・ペインとポール・バレルが主導権を握ったオリジナル期の終盤)のフィートは本当にウェザーにかぶれていたのねと再認識。貧相なルックスながら人の良さそうなザヴィヌルのキーボードの和音は本当にビル・ペインのそれっぽかった。って、逆だけど。

 3曲ぐらい歌った女性ヴォーカリストはルックス、技量ともウキッとさせる。もっと、聞きたいナと思ったら、ザップ・ママにいた人らしい。なるほどお。また、ギタリストも1曲歌ったが、それは中東ぽい味をだした。バンド・メンバーはみんな有色の人だった。

 終わったあと、野毛で飲んでいたら、終電を逃す。というか、間際にあくせくするのがイヤになり、まいっかとなっちゃったんだけど。ま、それが私の人生傾向ですね。そんなのばっか。ヨコハマ泊。昔横浜からタクシーで帰って10000円かかり、それなら泊まったほうがいいと判断。ああ、レイト・チェックインで安くなるホテルをチェックしておけば良かった。


6日(月)

ザ・ウィークエンド。ヤー・ヤー・ヤーズ

 女性アーティストがフロントに立つロック・バンドを二つ見る。

 まず、原宿・アストロホールで、カナダ出身で今はロンドンをベースとしているらしい5人組バンドのザ・ウィークエンドを見る。堂にいった、パワー・ポップ・バンド。けっこうアイドルっぽい売られ方をしている人達だが、力量はそれなりにあって、歌も良く聞こえる。大仰なポーズを取るキーボード奏者はもろにニュー・ウェイヴ期の音色とフレーズを出しまくってて、苦笑。そこらへん、適切な隠し味になっていた。

 そして、渋谷・アックスに移動。ちょうど前座のライアーズが終わったところ。初来日でアックスだから、新人としては人気を集めているほうに入るのだろう。ニューヨーク系の生理的にぎくしゃくしたバンドの系譜に入るバンドとなんとなく思っていたが、実演を見て最初はビックリ。カレン嬢のなりきったいでたちや仕種に。オレ、なんの情報も入れず音だけしか聞いてなかったから。まあ、リディア・ランチみたいなもんと思えばいいのだろうが、ちょっと気恥ずかしさを感じた。オフのときは、おとなしい、いい娘だそうだ。
 
 だけど、ずっと見てたら、人々に衝撃を与えたいんダという切実さが伝わってきたて、なんとく納得できた。腕の立つギターとドラムス(ベースレス編成、オクターバーかなんかでベース音も出ているが)との噛み合いがよく、とっても個性的な曲展開をちゃんとしていて、感心もできた。普通じゃない、あたしたちのNYロックをやりたい、みたいな気持ちがとっても伝わってきたんだよなー。

 女性をフロントに置くバンドをやるとしたら今ならどういうのやりたいか、なんてことも、ちょっと考える。学生時代、キーボードの女の子に少しだけ歌わせたことはあったが、基本的に女性ヴォーカルのバンドをやったことがない。やりたいとも思わなかった。バンドに女の子いるのは視覚的にも楽しくていいなとは思っていたが(そういえば、学生時代に一度ドラマーが見つからなくて、ラモーンズしか叩いたことのない女の子に無理やりリトル・フィート~セカンド・ライン系のビート叩かせたことがあったけなー。マミちゃん、元気ですかあ?)、ヴォーカリストにするのはイヤだった。その理由ははっきりしている、当時ぼくは女性が主役のロックにあまり魅力感じなかったのだ。あんまし、女性のロック・アルバムってのも持っていない。同様に、音楽と女性はなるべく切り離して、考えるようにしていた。だって、自分と音楽の趣味が重なる女の子なんて、いると思えなかったから。それ、日常生活の知恵、っつうもんでしょうか(苦笑)。


3日(金)

カーネーション

 渋谷・クラブクアトロ。満員。直枝政広が率いる長寿バンド、トリオ編成にて。とにかく、良質のロックとソウルを享受してきているんだろうなあと思わされる実演だった。というか、けっこう彼が聞いてきた音楽って、ぼくと重なっているんだろうなー、なんてことを僣越ながら思う。しかし、3人こっきりで2時間強のライヴをなんなく見せきるのだから、力量はある。思った以上にしっかりと歌える人だなとも思った。本編最後のほうは、フランク・ザッパ的ギターも出てきた。もう少しぶっちゃけていいかとも、とは少し思いました。


by eisukesato | 2003-10-01 00:00 | 音楽 | Comments(0)