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佐藤英輔のライヴ三昧 Diary noteから引っ越し中


by eisukesato

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2003年8月1日〜30日

30日(月)

ジプシー・サマー

 渋谷公会堂。まず、フランス在住のジャゴ・ラインハルトを根っこに置くマヌーシュ・スウィング集団が二つ。最初に、盲目のアコーディオン奏者もいる洗練派ノート・マヌーシュ。すぐに続いて、チャボロ・シュミットのバンド。実は、ギターのマンディーノ・ラインハルトをはじめ、両グループのメンバーは重なっている。後者の選抜隊によるライヴは2003年1月8日にも見ているが、そのときとは精気や躍動感などが段違い。本当に血の通った、弦楽器主体の情とパッションが絡まり合う、奥行きある演奏で、少し驚く。これに触れると、ロマーヌ(2003年5月16日)の実演は甘いと言わざるをえない。

 そして、ルーマニアのジプシー大所帯バンドのタラフ・ハイ・ドゥークス(2000年5月21、2001年9月2日)。相変わらずの濃い味。撥ね具合。ああ、人間って……。


29日(金)

Hardcore Jazz

 8月9日の項で触れた、フリー・ジャズを回すDJイヴェント(渋谷・Edge End) で皿を回す。曲を問い合わせてきた奇特な方もいたので、以下に曲リストを書いておきましょう。とは言いつつ大まかな流れを決めつつも、けっこうその場その場で臨機応変に行ったので、実際に回した曲順や曲目が違うところがもしかするとあるかもしれない。以下、全部で80分。本当は60分の予定だったが、次に回す土佐有明くんが来ないので、予定以上に長~く回したのだった。
     
1.Eric Dolphy/Miss Ann(from 『Last Date 』,Limelight 1967)
2.3-In-1 Without The Oil/Roland Kirk(『Domino』,Mercury 1962)
3.Sun Ra And His Intergalactic Research Arkestra/Watusi,Egyptian
March(『Tt's After The End Of The World 』,MPS 1972)
4.Billy Bang Quintet/Ebony Minstrel Man(『Rainbow Gladiator 』,S
oul Note 1981)
5.Chu's Blues/Frank Low (『Fresh 』,Freedom 1975)
6.Rcscoe Mitchell/You Wastin'My Time(『And Space Ensembles 』,B
lack Saint 1984)
7.Andrew Hill/Blue Black(『Blue Black』,East Wind 1977)
8.Ronald Sannon Jackson And The Decording Society/Nightwhistlers
(『Eye On You』,About Time 1980)
9.Oliver Lake/Comous(『Life Dance Of Is』,Freedom 1978)
10.Davd Murray Octet/The Fast Life(『Ming』,Black Saint 1980)
11.Curtis Clurk/New York City Wildlife(『Solo Piano』,Anima 19
80)
12.Music Revelation Ensemble/Time Table(『No Wave 』,Moers 1980
)
13.Last Exit/Back Water(『Last Exit 』,Enemy 1986)
14.Everyman Band/Morals In The Mud(『Everyman Band 』,ECM 1982)
15.Steve Lacy/Stamps(『Stamps』,Hat HUT 1979)
16.Air/Strait White Royal Flash (『Open Air Sute 』,Novus 1978)

17.Jayne Cortez And The Firespitters/Skin Diver(Ther It Is,Bola
Press 1982)
18.Anthony Moore/Plains Of Hungary(『Quartery』,Re 1987)

 すべて、レコードにて。1.と2.は、プリ・フリー期のかっとび巨匠に敬意を払ってのものと言えなくもないか。1.は音は宙に消えてなくなるという、ドルフィーの有名MCのみを使う。そして、サン・ラからは、黒人ならではの狂気を下敷きにする、アフロ~ファンク濃度の高めな曲を並べた。5.は、実はリトル・フィートの「デイ・アット・ザ・ドッグ・レイシズ」(『タイム・ラヴズ・ア・ヒーロー』1977)とリフ等酷似。発表年度を素直に物差しにすれば、フィートのパクリということになる。誰か、真相を知っている人はいませんか。ずっと、それが気になってるんだけど。そして、中盤以降はイってるフリー・ジャズ系列が中心。ただし、意気盛んなポップな耳にもひっかかるものであるということには留意した。というか、ぼくは根本的にはポップの耳でジャズも聞いていると思う 。9.は間違って45回転で回してしまう。シカトこいたが、当然誰も気付かず。7.,10.,12.あたりの曲は10分近くあるので、3分の2ぐらいでフェイドアウト。サイドマンも含めた最多登場はデイヴィッド・マレイとロナウド・シャノン・ジャクソンで3曲づつ。勝井祐二ファンはビリー・バンを探すべし、だな。

 なんか、純フリー・ジャズ期より、それ以後のいろいろと拡散していった時期のものが多いというのは言える。やっぱ、そのころのブツが愛着あんだろうな。まあ、そのころの時期のレコードを多く持っているということもあるだろう。今回、かつて組んだパンク・ジャズのコンピレーション・シリーズ“フリー・ファンク”に入っている曲はかけるのやめようと思ったが、曲を探していて驚いたのはそれら該当レコードの多くがどこかに消えていること。あっても、ジャケットだけで中身がないとか。おーい、どこに行ったんだあーい。最後のムーアは唯一のポップ側アーティスト。次の人がかけやすいようにと配慮しての選曲。まあ、キャプテン・ビーフハートでも良かったんだけど。

 それから、ああそうだよなと頷かされたのは、フリーダムとノーヴァスは元締めがアリスタなこと。今は完全なブラック・メインストリームのレーベルとしてヒット・チャート狙い一直線になっているアリスタだが、1980年前後はメジャーながらけっこうフリー・ジャズのブツを出していたのだ。その傍らで、ギル・スコット・ヘロンやフェラ・クティ(1981年の『Original Suffer Head』)も出していたことを知っていれば、それほど違和感はないか? ただし、やっぱり見限るのも早くて、1980年ごろにはフリーダムの(安価な)カット盤がとっても流通していた。そのころ、その手のものでレーベル買いしてたのはまずブラック・セイントやメルスあたりがまず筆頭だったけど、それゆえ、ぼくは現在フリーダムのレコードを沢山持っている。話はズレるが、ロフト・ジャズの盛り上がりを伝えようとするコンピレーション・シリーズ“ワイルド・フラワーズ”はダグラス原盤だが、配給はパーラメントを持っていたカサブランカがしたんだよな。やっぱり、すぐに廃盤になって、ぼくはどれもカット盤で持っていますが(確か、日本盤も当時出たはず。いい時代だった)。ちなみに、レーベルのダグラスはアラン・ダグラス所有の会社。昔ジミ・ヘンの権利を持っていて、残りテープでひどいブツを出して顰蹙買いまくった人ですね。

<今日のトロンボーン>基本的に全然吹いていない。でも、実はこの日のDJでは、レコードに合わせ吹いてやろうと思っていた。俺、フリー・ジャズを嘗めている? でも、感性は技術を凌駕する、なんちって。でも、いざ家を出るときに両腕に荷物を持つのがイヤで、軽く諦める。とほ。


28日(木)

J+B

 渋谷・アックス。グルーヴたっぷりのビートのうえに2本のギターが自在に絡む……。インスト(基調の)・バンド(2001年8月13日)ながら、アックスでやるのはすげえぞと思って行ったら、1階にも椅子が出ていた。でも、満員だった。単独ホール公演とはいえ、ゲスト・シンガーやゲスト奏者はゼロ、4人だけで勝負しましょうというライヴ。潔い。4人でまっとうに行けばちゃんと聞き手は満足させられるはずという自信の裏返しか。それとも、もともとウマの合う4人の気張らない楽しみのために始めたバンド、それで行かないなら本末転倒じゃないかという理想主義の表れか。バンドをやる楽しみみたいのをあっさりと出しちゃってるのが、このバンドの強みでもあるからな。ともあれ、ぼくはそのツっぱり方には賛成。焦点もボケないし。とは言いつつ、アルバムでゲスト入りしていたマルコス・スザーノ(1999年8月11日、2001年12月9日、同22日、2002年8月21日、等) がひょこっり加わったりしたら、嬉しく思っただろうが。演奏時間は相当に長かった。でもって、MCも。それ、ぼくにはNGでした。


24日(日)

マウント・フジ・ジャズ・フェスティヴァル

 昨年(8月11日)はボブ・ウィアやピーター・フランプトンを呼ぶなど、非ジャズ系オヤジ趣味のアーティスト選択を取っている音楽フェス。で、二日目となるこの日は、インコグニート(2002年12月20日)、アヴェレンジ・ホワイト・バンド/AWB、シック(2003年4月15日)といった具合に、ソウル~ファンクと繋がりを持つポップ系アクトが並んでいる。彼らは、一様に好演。野外でありながら、音質もまずまず。とくに、インコグニートとシックは前回見てからそれほど経っていないのに、ちゃんと頷いて見れたものなあ。インコグニートの後にオノセイゲンと会ったが、音になにかと厳しい彼もこれはいいよねと言っていた。

 AWBは他人のヒット曲も少しやって一部営業ナツメロ・バンドになっているところもあるが、前に見たときよりも(ブルーノート東京。ただし、現在の広いほうに移る前だから相当な前)、しっかりしていた。それに、「ピック・アップ・ザ・ピーセス」とかのヒット曲は無敵だよな。難しすぎてか(?)、「カット・ザ・ケイク」はやらなかったけど。話はズレるが、アメリカで活躍するセッション・ドラマーのスティーヴ・フェローンはもともとAWB出身。1980年代後期にエリック・クラプトンのライヴで来たときインタヴューしたことがあったんだけど(A&Mからイージー・ピーセズという自己グループ作を出したときだった)、米国に移った理由を英国は差別が強すぎるから、と彼は言っていた。米国のほうがずっといい、とも。そんな事を話す機会もあまりないけど、英国のほうが人種差別が酷いと言ったのは今のところ彼だけだな。だから、とても印象に残っている。”平均的白人バンド”と名乗りソウルやファンクを純真とともにやろうとしたこのスコッティッシュ・バンドもアラン・ゴリーを中心に、多くの外様奏者を加え今はアメリカ拠点なのかな。そのゴリーは、ダリル・ホールの表現協調者としても知られますね。

 シックもまた大熱演。終了後、ナイルは客席に降りて、目一杯スキンシップを図っていた。そうした三者、後ろ向きなところはあるものの、質はばっちりで、こういう人達が揃う和みフェスがあってもいいだろう。客の入りも実際、なかなかのものであったし。いっそのこと、マウント・フジ・ミュージック・フェスティヴァルにしちゃえばいいのに。

 この日のトリはマーカス・ミラーだったが、19日に見ているのでパス。早々に帰ろうとするが御殿場インターから渋滞40キロという表示を見て、迷わず一般道246 で帰ることにする。最初の10分だけ、すいすい。判断いいゾと思ったら、すぐに延々超渋滞。なんなんだあ。結局、途中のファミレス逃避を含め、帰宅まで5時間かかる。うひい。


23日(土)

東京ジャズ

 去年(8月25日)に続いて、初日のほうを見る。実は昨年は開催日が離れていた東京ジャズとマウント・フジはばっちり日程が重なっている。実は両方ともそんなにリアル・ジャズの担い手を揃えてはいないものの、同様にジャズ祭を名乗るなか、狭いパイをわざわざ争ってどーすんのって感じではあるが。そしたら、さすがに入りは悪い。調布・味の素スタジアム。けっこうな晴れ日だったもので、日差しの強いアリーナ席は余計にとってもがら空き。ぼくも日陰のスタンド席から見る。スタジアムを1周したら、横のほうには飛行場があった。

 お目当ては、ユッスー・ンドュールとスピーチ。前者は8人編成にてパフォーマンスをする。やり辛い雰囲気だろうなか、なかなかの好演。十分にユッスーならではのものを披露してくれて、あんたは偉い。ぼくは、心底そう思いました。ただ一つ気になったのは、曲目がかつてブルーノート東京で見たとき(1999年11月30日)と結構似通ったものだったのではないか。いまだ「セヴン・セカンズ」をやるサーヴィス精神を持っているなら、ホンダのTV-CFで流れていた「オブラディ・オブラダ」もやれば客(普通の、ファミリアな中年~老年が目についた)はもっと沸いたのにね。女性コーラスの一人はとくに綺麗。それだけでもう嬉しくなっちゃう。続く、スピーチも善戦。さすが、盛り上げ方もよりこなれていて、客もこっちのほうが沸いていた。確か9人編成でやっていたが、少なくても前回(2002年4月17日、他)よりかは良かったはず。今回はスピーチ・フューチャリング・ファンクテリジェンスと名前による出演であったが、初期アレステッドの曲もやっていたし、どう転がろうとスピーチはスピーチであった。ただし、今回のステージはフェスであるためなのか、彼に特徴的なカラフルな舞台美術は一切ほどこされていなかった。

 その後に予定されていたダイアナ・クラール(1999年6月21日)はドタキャン。本当は、新譜を出したばかりの旦那のエルヴィス・コステロもプロモーションを兼ねて来日に同行することになっており、東京ジャズのステージにもちらりと出るんじゃないかとも言われていたのだが。コステロは単独ででも来日して、妻の穴埋めをしてほしいところであったが。そんな、人としての誠意はなかったようで(結局、翌日はシャカ・カーンがトラで出演できた模様)、けっ。実は、夫婦喧嘩してキャンセルなっちゃってたりしてな。

 ところでコステロとクラールの結婚を不思議がる人もいるようだが、ぼくはその話を聞いたときけっこう違和感なく受け止めた。だって、ここのところのコステロを見れば、ロック道を貫く一方で、高尚なもの、小洒落たものに対する憧れは相当強いところを見せているじゃない? そんな彼にとって、ジャズ界で結構な評価をされ&高ビー女ぷんぷん放出のクラールはそれなりに魅力的に見えてもおかしくない。それに、性格悪そうな顔つき、鈍重そうな体格、非アメリカ人(クラールはカナダ生まれ)とか、けっこう二人は共通点あるじゃない。類は類を呼ぶ?

 その次は順番が繰り上がった、ハービー・ハンコック・トリオが出てくる。ぼくはハンコック(2000年3月14日、2001年4月)をかなり好意的に見ている人。ではあるけど、とてもアコースティック・セットで聞くような音響環境ではない。案の定、ジャック・ディジョネットのスネアの音とか、ひどかった。お祭りもあるし、途中で早々に会場を後にした。


22日(金)

オーケストラ・バオバブ

 渋谷・クアトロ。再結成して好評な、セネガルの大御所バンド。ステージ上には多いときで11人いたのかな。なんでも西アフリカで1960年代から70年代にかけてキューバ音楽が流行った時期があり、もともと彼らはセネガルの伝統的表現とラテン音楽をくっつけて人気を博したグループなのだそうだが、なるほど実演でも非常にラテンぽいのおと思わせる音楽を聞かせる。あ、レゲエ調の曲もやってましたね。とともに、タブー・コンボとか、ぼくにはなんとなくハイチのバンドを思い出させるところがあった。なんにせよ、非人道的な奴隷制度を本能的に逆手に取ったような、太っ腹にしてダイナック、かつ人間的な環アフリカ~カリブ音楽になっていて、聞いていて非常に和めた。しかし、四半世紀前が黄金期のバンドであり、ずっと中断があったなんて想像もつかないような瑞々しい情緒アリの、喜びのある音楽を送りだしていましたね。それから、ディープな日本の歌謡曲を思わせるメロディの曲もあったな。ところで、翌日には同郷で、同じレーベル仲間のユッス・ンドゥールのライヴがある。こりゃ、共演もありかと思ったが、それはなし。ユッスーは当日入りだという話も聞いたがどうなのか。逆に、バオバブの皆さんは明日は地方に行くらしい。残念!


21日(木)

センベロ、他。“APERTURE"

 東京スカパラダイスの沖祐市(オルガンではなく、ここではピアノに専念する)と、マルチ・リード奏者の田中邦和によるデュオのユニットがセンベロだ。正統な技量と知識をいかにヒップに、今様ダンス・フロア客に興味を持たれるような形で提供するか……そんなことに笑顔であたっている連中と言える。なるほど、二人は同じ年だそうが(育ちが良さそうなのも共通している)、噛み合わせの良さはちょっとしたもん。デビュー・アルバムは旧ティポグラフィカのリズム・セクション(水谷浩章と外山明。現在、山下洋輔がトリオで起用する二人でもありますね)が曲によっては入っていたが、この日は二人だけ。だが、まるっきり問題にならず。というか、彼らのデビュー作はライヴでやっていたことをまんまパッケージしたものなのだなと思わせられる。まあ、断続的に録っていきアルバムのレコーディングに1年間を費やしたそうなので、レコードになったものをそのままライヴの場で開いたとも考えるられるが。とにかく、ライヴではもっと伸縮自在にソロ・パートもずっと多めに取るのかと思っていたのだが、フレキシブルな感じをうまく持たせつつも、基本的にアルバムで出しているのとほぼ同じ尺の演奏を披露していたと思う。これは複数バンドが出るイヴェントの一出演者(彼らは2番目に出た)だったからだろうか。演奏時間は30~40分ぐらいだったか。この少し前にやった、新宿ピットインでの単独ライヴはどうだったのかな。センベロの後に出たバンドはトロンボーンがけっこう中央にいる、ちょっと重い目のスカ・バンド。あーあ、貰ったトロンボーン、ぜんぜん吹いていないよなあ。その後には、川上つよしと彼のムードメイカーズが出てきた。あたまのほうを寛いで見たあと、退座。新宿・リッキッド・ルーム。

 そして、知人が企画したという、パーティに。“APERTURE" という名前で、渋谷のSecobar 。東横線の高架下にあるクラブだが、最初辿り着けなくて、難儀でした。もう、けっこう酔っぱらっていたから。ちなみに、ぼくの過度酔いバロメーターは衣服に飲み物をこぼすか否か(情けねえ。それで、ときどきワインの染み付けちゃうんだよなあ)。この日はドラムンベースのパーティで、ぼくが入場したときは、その道の世界的実力者MAKOTOが回している。おお、クラブでドラムンベースを聞くなんて久しぶり。なんか、とっても懐かしく聞こえたりもした。煙草の煙が嫌いで、大音響のなかで話をするのが非常に苦手なぼくは現在あんましクラブに行きたいとか思わない人だけど、これぐらいゆったりした感じだといいなと思ったかもしれない……。お店が一階で通りに面した一面がガラス張りなので、外で聞いている人もいた。なんか、そういう光景、ぼく好きなんだよナ。


19日(火)

マーカス・ミラー

 マーカス・ミラー(2001年6月14日)を主役に立てて1週間オビでやっちゃうという企画イヴェント、有楽町・フォーラムB7 。例の東京国際フォーラムにあるのだが、7階の位置(たぶん)ある会場だ。大きさはけっこう広い。クラブ仕立てと言えるのか、机と椅子がてある。お酒は高いなあ。ただ、カウンターでもっとついでとか言うと(俺もセコい)、注ぎ足したりしてくれたりして。サーヴする人も高いと思っているんじゃないか? 御大はラップをやったり、歌をうたったり、管楽器ふいたり、へんなサンプラーみたいなので遊んでみたりとか、いろいろ大活躍。まあ、どうこう言うものでもないが、それなりに質はあり。あたまのほうはけっこうヒップホップ色が強かった。ケニー・ギャレットが入る(管は3人いた)中盤は当然ジャズ~フュージョン色が強くなり、レイラ・ハサウェイが入ると大人のR&B色が強くなる。ファンキーなベースのもと、そうしたものを自由に行き来し、ときに統合した先に個性を築きたいのダという意思はけっこう表れていた。ちょっと、まとまりすぎの感はあるけれど。かつてミラーのロサンゼルスの自宅に取材で2度ほど行ったことがあるんだが、基本的には洗練された趣味人てなスタンスを持つ人であり、かなりのマイホーム・パパ。でもって、だからこそ同胞の地位をもっと上げなきゃというふうにも考えが至る人。まっとうな、愛の人ではありますね。話はズレるが、ずっと彼のバンドに在籍するギタリストのディーン・ブラウンは根暗白人てな外観の持ち主ながら、その最新ソロ作は非常に巧みなP-ファンク咀嚼表現をやっていて驚かされる。ドラムはマーカス・ミラーの芸術高校時代の親友、オマー・ハキム(2003年5月15日)が叩く。ずっとプージー・ベルが叩いていたから、両者が絡むのは久しぶりじゃないかなあ。


9日(土)

キップ・ハンラハンズ・コンジュア

 南青山・ブルーノート東京。最終日、最終セット。今回は“ディープ・ルンバ”プロジェクト(2000年1月12日、2001年5月)ではなく、コンジュアという出しモノ。それ、イシュメール・リードという作家の胸を張ったポエットと生理的に太っ腹な音楽を効果的に掛け合わせようとするプロジェクトと、説明できるかな。
 
 開演前からポツンと一人でハンラハンが会場後ろに立っている。過去と違い、最初にハンラハンはステージに上がる。おお。ちょっとMCもしたっけか? 今回は機嫌がいいのかしらん。けっうステージ上に立っていたし、笑顔も見せてたし、最後の曲が終わる前に引っ込んだりもしなかったし。

 基本的に、2ギター、2ベース、2ドラム、2パーカッション、2サックス(テナーとアルト)、そしてヴァイオリンだけは1本。それにしても豪華なメンツだ。しかし、ブルーノート東京側のPRはあんまし、この興味深い顔ぶれ(ジャンル違いの彼らを自在に組み合わせることこそが、キップ・ハンラハン表現の肝であるのだが)をアピールしようとしてはいず。なぜだろう? コンジュアの成り立ちとか説明する前に、見どころある逸材出演者のことを具体的に紹介したほうが、見たくなる人は多いと考えられるが。

 ヴォーカルも取るギターはライコディスク他からリーダー作を発表している、アルヴィン・ヤングブラッド・ハート。巨体で、ジャン・ポール・ブレリーを少し思い出させる。もう一人のギターはザ・ミーターズのリオ・ノセンテリ。ベースは二人とも五弦のエレクトリック弾いてていて、フレットレスとフレット付き。歌もうたっていた方は長年のルー・リードとの関係で知られるフェルナンド・ソウンダース、もう一人はNYかっとび系から信頼の厚いアンソニー・コックスだった。彼、エレクトリック・ベースも弾くんだな。テナーは、デイヴィッド・マレイ。1980年初頭、ぼくのジャズ・マン最大のアイドルだった人。彼のリーダー作をディスク・ユニオンで買いあさって、聞きまくっていた。それから、ドラマーはディープ・ルンバと同じエル・ネグロ&ロビーだ。打楽器奏者の一人、リッチー・フローレスもハンラハン表現にはお馴染みの人。おお、ヴァイオリンはビリー・バン(1999年12月12日参照)のようだ。

 “象徴”となる(?)イシュメール・リードは3曲ぐらい出てきて(全部で10曲ぐらいはやったはず)、音楽にのってリーディング。最後の「アザブ・カフェ」という変テコな歌は、“麻布喫茶店”とか、けっこう日本語を並べていた。終盤はよりR&B濃度が高くなり、それとともに娯楽性が高くなる。楽しい。だが、とてもベースが二人でやるような曲ではなく、ベーシストたちは持て余し気味。苦笑。
 
 1時間半をたっぷり超えるパフォーマンスを披露した。帰り際に、客席側に出ていたデイヴィッド・マレイに思わず声をかける。やっぱ、アイドルだったから。顔は全然老けていない。彼はミングという綺麗な奥さんを持っていた(レコード・ジャケットに2度ほど写真を載せたことあり)が、とっくに別れたんだっけか。名前を名乗ると、「キミはミュージシャンやっているの?」「いえ書くほう、ジャーナリストです」「カード、もらえるかな?」(名刺を見ながら)「うん、キミの名は知ってるよ。スイング・ジャーナルで見てる」「またあ。確かにスイング・ジャーナルではレヴューを書いているけど、読めるわけないじゃん」「いや、友人が訳してくれるんだ」 生真面目にそう言う。調子のいい(?)、でも人のいいおやじであった。

 そういえば、8月29日に渋谷でフリー・ジャズを回すDJイヴェント(“ハードコア・ジャズ”という、フリー・ジャズのリイッシュー・シリーズのリリース記念。リリース元のユニヴァーサルミュージック仕切り)があって、そんとき回す予定なのだが、絶対にマレイをかけることにしよう。場所は、渋谷のDJバーのEdge Endというところ。例によって酔っぱらう前にやりたいというリクエストを出して、ぼくは一番最初の9時から回す予定。なんか、話があった後に<フリー・ジャズに限定しません。ロックやJポップまで、何でも回すのありです>、といったひよった主催者側腰抜けメールが来て、実のところ、シラけてますが。俺は、絶対フリー・ジャズしかかけんっ。それで、来た人みんなひかせてやる!

 ブルーノートで、ビールと赤ワインのデキャンタ2。流れて2箇所で、シャンパン1本と赤ワイン3本。楽しいと、お酒はずみますね。


8日(金)

Teaser。藤原大輔

 ものを書きながら、やるほうもマメに鋭意やる。偉いなあ。たまにライヴ案内のメールを頂いていて、そのうち見なきゃと思っていたのだ……。同業の志田歩率いるバンドを見る。CD発売記念を兼ねるライヴ。シンプルにギター、ベース、ドラムという編成のバンドだった(最後のほうは、ゲスト打楽器奏者も加わる)。普段の喋る声は大きいという印象はないが、けっこう朗々と歌うんですね。ちょっと、トム・ロビンソン・バンドを思い出したりもした。それは信じていることを音楽で伝えたいという、澄んだ情緒が重なる部分もかるからか。がちんこで、真面目なおやじロック。ただ、残念ながら、ぼくの個人的嗜好とは合わず。これが、志田さんと一度でも飲んでたりすると、違った感想が出てくるのかもしれないが。新宿・ライヴフリーク。

 そのあと、向かい側にある、新宿・ピットイン。一人でPhat(2003年3月6日、2003年6月28日、他)を続ける藤原大輔のソロ・アルバム『白と黒にある4つの色』リリースをフォロウするライヴだ。アトランタ録音の同作に参加していた、彼のバークリー音楽大学時代の仲間だった日本人プレイヤー(ピアノ/キーボート、ドラマー)をあちらから呼んでのもの。ああ、キーボードの方は女性だったんですか。なるほど、ジャズだけど、ジャズから逃げる不思議な感覚もある人達。彼らは普段アメリカで何やっているんだろう? ときにさかなのポコペンが入るとともに、最後の曲はやはりバークリー時代の学友らしい日本人サックス奏者が入る。バークリーってどんな学校なのか、悪口言う人もいるけど、彼らはきっと通ったことを肯定的に捉えているんだろうな、なんてこともなんとなく思う。鋭利な刃物を内に秘め、たゆたう感覚を抱えたジャズ。だからこそ、ポコペンも合うのだろう。

 ライヴ(けっこう、長くやってたよな)が終了後、すぐ側で知人と12時半過ぎまで飲む。さすがハナ金だし、タクシー拾えないんじゃないかと思ったら、空車だらけで、あっさりと乗車できた。やっぱ、不況なんですね。でも、タクシーがすぐに拾えるというのは、本当にうれしー。


7日(木)

レヨナ

 G・ラヴと懇意にしていて、2000年1月25日の彼のクアトロ公演の項で触れている女性だ。彼女は、今年のフジ・ロックのG・ラヴのステージにも飛び入りしたらしい。ぼくは彼女が出たシーンは見ていないけど、Gはかなり受けてたよな。めでたい。
 
 渋谷・アックス。ロッキンタイムのギター、アジコ(2001年3月19日)のリズム・セクション、エマーソン北村(2003年3月11日)、セネガル出身の打楽器奏者を従えてパフォーマンスした。

 やっぱり、いい歌い手。日本語を用いた歌唱法~微妙な言葉の引っ張り方や抑揚の付け方など、ぼくが一番違和感を感じない日本人シンガーではないか。そんなことを確認した。


6月(水)

ブラック・ボトム・ブラス・バンド

 渋谷のBYGにて。うわ、懐かしいお店。15年ぶりぐらいに行ったが、まだちゃんとあるんだな。この日は業界向けお披露目ライヴだったが、彼らはここで月1でライヴをやっているいうという。

 過去に、2000年12月18日、2001年7月21日、2002年10月16日と、彼らのことを見ている。ニューオリンズのブラス・バンドのスタイルを踏襲~応用しようとする音楽性に着目してこれまで見ていたが、今回は違う観点で彼らを見ちゃう。なにより、リーダーだというトロンボーン奏者を注視しまくり。うわあ、彼、こんなに上手かったんだって感じ。力ある、演奏してたナ。実は、先の斑尾のジャズ祭でヤマハのトロンボーンもらってしまった。これ、マジ話。やっぱ、自分で手にすると、全然見方、捉え方が違ってくる。いずれは、簡単なファンク・バンドやスカ・バンドのセクションの一員をなんとか出来るぐらいにはなりたいわけだが。でも、家で容易に練習できる楽器ではないし……。飽きっぽいし……。そこで、不定期的にこれから“トロンボーン・コーナー”を作る。

<今日のトロンボーン> 音は辛うじて出る。でも、スライドさせなくても、息の吹き込み方で音色どころか、音程も変わる。うう、道は遠い

 ついでに。

<本日のびっくり> 某編集部から電話あり。あるスポンサー絡み記事原稿で、先方から2点チェックが入ったとのこと。“混血”を“融合”に、“黒人音楽”を“ブラック・ミュージック”と表記を変えてほしい……。はー、大笑い。


3日(日)

サマーソニック ゼロスリー

 さすがに、こーもライヴ関連に行きまくっていると、肉体的にばてるとともに、それ自体に飽きてきている。けっこう、飽和状態。自分が人間であることを自覚する、なんちって。だけど、やっぱり会場に向かうときに妙にウキウキする自分もいるのだナ。千葉マリンスタジアム+幕張メッセ。今回は行きも帰りも高速通りは空いていて、スイスイ。片道1時間ぐらいしか、かかっていないんじゃないか。

 で、ブロンディとかザ“なんちゃって”ドアーズとか、旧世代勢を中心にやんわり見る。本当は、大好きなザ・マーズ・ヴォルタ(2002年4月7日)の新しい姿を確認するために千葉県にやってきたはずなのに、外の施設でまったり飲み食いしていたら見逃しちゃった。とほ。まあ、しょうがない。また、来るでしょ。

 しかし、今年はフジ・ロックにしろ、サマーソニックにしろ、過去ほど知っている人と会わなかったな。それから、両者を比較して、後者のほうが圧倒的に客層が若いと実感。やっぱ、会場まで行くのが楽でお金がかからないしな。とともに、フジ・ロックは普段はロック(及び、ロック的生活)から離れざるをえない境遇にある勤め人にとって、年に一度ずっぽりとロックに戻れるものとして機能しているだろーなーということも、感じた。いや結構、知り合いの勤め人がキャンプやっていたりするんだよなあ。後から、電話で話して、あ来てたんだ、みたいなことが結構ある。

 それから、フジもそうだが、ついにハイネケンがスペシャル・ダークを販売しているのは嬉しかった。来年も何とぞ販売を。


1日(金)~2日(土)

ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル・イン斑尾

 ここのところ毎年行っている、長野県と新潟県の県境にあるスキー場でやっているジャズ・フェスティヴァル。出演者でぼくが期待していたのは、バッド・プラス、ダヴィッド・サンチェス。ディー・ディー・ブリッジウォーターの三者。

 フリー経由の新世代やんちゃピアノ・ジャズ・トリオ(デイヴ・ブルーベックの現代版、初期ベン・フォールズ・ファイヴのフリー・ジャズ版、なんて書き方もぼくは過去原稿でしたりもしている)、ザ・バッド・プラスは現地で取材もしたが(ソニー発の新作プロデュースをチャット・ブレイクに頼み、英国のリアル・ワールド・スタジオで録音している。それは、ブレイクが現在同スタジオで働いているからだとか)、まだ30~32才とはびっくり。で、実演も興味深いがぼくはアルバムのほうが好き。開放的な場での演奏なんだから、もっと弾けた曲をやればいいのにナ。それから、ピアノのイーサン・アイバーソンがぜんぜん黒くない弾き味を持っているのには少し驚かされる。ま、好みだが。彼、キース・ジャレットの『フェイシング・ユー』が大好きみたい。

 サンチェスは我が意を得たり。ぼくは近作レヴューで、<彼の出自(プエルトリコ)に惑わされ、彼をラテン・ジャズという文脈で語ってしまうと、その素晴らしさを理解することから離れてしまう。彼は何よりも、新主流派の流れを汲む清新なジャズ・マンとして捉えるべき>というようなことを書いたが、まさしくそれを裏付けるような演奏をした。アルバムだとラテン的な隠し味が随所にあるが(それは、レコード会社の意向?)、今回の実演では皆無。ただ、それゆえの破天荒さ、行儀の悪さがもっと欲しいゾと思ったところはあったのは間違いない。

 そして、ディー・ディー。フランス・ヴァージンからアルバムを出している女性シンガー、チャイナのお母さんでもありますね。これは、素晴らしすぎた。もう、バンド自体も質がとっても高い。ジャズを下敷きにする陽性の、両腕を開いたヴォーカル・ミュージックを胸を張って、彼女は聞き手に送り出す。娯楽性と芸術性がとっても高い、信じがたいレヴェルで両立。技量から態度まで、何からなにまで破格。ぼくは深く頭を垂れた。やっぱ、アメリカの持つ財産は凄いっ。



by eisukesato | 2003-08-01 00:00 | 音楽 | Comments(0)