
佐藤英輔のライヴ三昧 Diary noteから引っ越し中
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2002年9月1日〜29日
28日(土)
トッド・ラングレン
モーション・ブルー・ヨコハマ。この日は完全、一人によるパフォーマンス。で、先日のように、楽曲をやり直す醜態もなし。相当に、持ち直してはいましたね。同行者もとても満足したようだ。でも……。偉大なアーティストの死を目の当たりにした気分。ぼくにとって、十指に入る人であるのは変わりはないが。『サムシング・エニシング』を聞きながら震え、あの見開きの内ジャケ写真に胸を高鳴らせたことは一生ぼくのココロのなかで輝きつづける。
さようなら、トッド。
27日(金)
アンリ・サルヴァドール
渋谷・オーチャードホール。85才になるという、フランスの老歌手。2キーボード、サックス、ギター、ベース、ドラムというバンド(やはりみんな中年以上)を従えての、エンターテインメント・ショウ。味の勝負。いろいろ、思うところあり。また、日本にこれるかな。
22日(日)
菊地雅章オン・ザ・ムーヴ
若手の日本人リズム・セクションとのトリオ。横浜・モーション・ブルー。溜め息が出た。やっぱり、持っているもんが違いすぎる! 感性が違う。一音に込める、意味が違う。奥行きが違う。最後のMCが意外なぐらい穏やか。音楽を享受する、ジャズを享受する、その幸せを噛みしめる。ああ、酒もうまいぞお。
21日(土)
フアン・ホセ・モサリーニ ブエノスアイレス・タンゴ5重奏団
建て直された、丸の内・丸ビル内にあるホールでの公演。ビルには人がいっぱいいたなあ。外観、中身ともども別にどっつうことないようにも思えたが。みんな新しいモノ、好きなんですね。
詳しいことは良く知らずに行ったのだが、アルゼンチンからやってきた、アストラ・ピアソラの後継者と言われるらしいバンドネオン奏者率いる五重奏団。なかなか、けっこう感激しちゃった。
グループを率いるモリサーニさんは50歳代にはなっていると思われたが他のメンバーは30代か。みんなうまい。もし、ヴァイオリンやアコーディオン/バンドネオンがジャズの花形楽器だったら、アルゼンチンはジャズ名手の最大供給源になるのではなんてこともふと思う。演目は、半数以上がピアソラ曲。もうダンディでスリリング。それにもう一つのこなれた何かを加えて、彼らは飛ばす。浸れる。楽譜を見ながらやっていたが、それは楽曲が難しいかからか、不慣れな曲だからかは判らぬ。ギターはとくに電気ギターを使用する場合はけっこうかっとんだ音を出す。ヴァイオリンにしても、DJのターンテーブル音のようなものを出す。やっぱ、ぼくにはメセニーよりもこっちのほうが視野が広く、野心に満ちて刺激的な、意義ある即興経由インストゥメンタルに聞こえる。
20日(金)
サムシング・コーポレイト
渋谷・クラブクアトロ。ベン・フォールズ・ファイヴをもう少し普通っぽく、ロック・バンドっぽくしたような表現を聞かせる米国のバンドだ。溌剌。これから俺たちはもっとでっかくなるぞ。そんな大志が気持ち良かった。昨日のトッドの道の外し具合を見たばかりだったので、余計に眩しく感じられたなあ。観客の反応も見てて、気持ちがいい。オーズリー(1999年11月2日)のところでクアトロという箱の美点を書いているが、あの原稿で触れているような、密な送り手と受け手のやりとりがそこに出来上がっていたのではないかしらん。
19日(木)
パット・メセニー・グループ。トッド・ラングレン
まずNHKホールで、パット・メセニー・グループを見る(グループではなく、トリオのほうは1999年12月15日で触れている)。ぼくはメセニーのグループ表現を世評ほどは買っていない。アルバムを聞くと、けっこうワンパターンだったりもするしねえ。
場内満員、ものすごい歓声。いやあ、ミュージシャン冥利に尽きるだろうて。飛び交う男の太い声援。うひっ。観客の反応の音量がとても低目であったノラ・ジョーンズ(9月14日)の百倍ぐらいはあったか。メセニーは半世紀前と同様に、横縞柄のTシャツを来ている。うひょ。
最初は客電を付けたままで、生ギターのソロ。その後は、グループ演奏。ギター、キーボード、ベース、ドラムにプラスして、いろんなことをやるなんでも屋的演奏者が後方に二人。今回の一人はカメルーン出身のリチャード・ボナ(2002年1月9日)であり、もう一人がヴェトナム出身のクオン・ヴー。その後方に位置する、いろんな有機的な音楽語彙を付加するプレイヤーがメセニー・グループの肝、今回もまたそうだった。
音色とかキメの持っていき方とか、センチと言おうか、どこか少女趣味的なだと感じるところもあり。それは、要となるメンバーのライル・メイズの趣味かもしれないけれど。でも、そんな彼を厚遇しているのはメセニーぢゃ。それと、過去にも3度は彼らの演奏見たことあるが、今回が1番プログ・ロック)ぽいとも感じた。
その後、中抜けして、南青山・ブルーノート東京で、トッド・ラングレン。当然、セカンド・ショウを見る。
片手に日本酒のデカい容器を持って登場。赤ら顔、あらあら酔っぱらっているのね。最初は生ギターの弾き語り。とちってやり直しす。けっこう歌い方は乱暴、声は荒れている。続いてピアノの弾き語り。「ハロー・イッツ・ミー」は最初、“こんばんわ・イッツ・ミー”と歌い出す。それは、お茶目でよろしい。そのころまで、まあ笑って聞いていられた。でも、彼は何度もピアノをつっかえやりなおし、歌が詰まりやり直す。その繰り返し。うわあ。赤いストッキングを被ったりもし、これはどこか正気ではないのダ、あんまりぢゃーと途中から思わずにはいられず。
おそらく、ファート・セットとセカンド・セットの間に日本酒の差し入れを受けて、思わず飲んでしまい、べろべろになっちゃったのねと推測。いやあ、その様を見て、自分の普段の行状に思いが行き、身につまされる? でも、彼はもっと自分に厳しい人であったはずなのに。最後のほうは、彼のバンドで弾いているお仲間ギタリストが出てきて、生ギターでバッキング。ボサノヴァ調のもと、トッドは歌う。サポート・ギタリストは一切酔っておらず。ぼく、相当に落ち込んで見ていたが、けっこう他のお客は笑顔のままだったよう。ファンは寛容なり。
うーん。彼の弾き語り、もうぼくは珠玉のものだと思っている。1990年代半ばになんか変な装置(インタラクティヴ音楽をやるという名目の)を用いてライヴをやるという時(渋谷・オンアエ・イースト)があり、結局その装置が不調で公演は中止になったことがあったのダ。でも、彼はサーヴィスで出てきて生ギターを手に集まった人達を前に何曲も弾き語りを披露したのだが〜マーヴィン・ゲイ曲なんかも歌ったはず〜、その素晴らしさといったなら。もう、至福のとき。2001年11月9日のときもまた良かったし……(あれ、エントウィッスルも亡くなっちゃったし、今から考えるととても貴重なライヴだった?)。一体、どうしちゃったの? 悲しい晩だった。
15日(日)
ファナ・モリーナ、フェルナンド・カブサッキ
9月7日の項て触れているアルゼンチンの清新ポップ仲間。会場は表参道のテアトル・スンガリー青山というロシア料理のレストラン。ただし、休みの日を借りたらしく、一切料理はサーヴせず。
まず、サイモン・フィッシャー・ターナーやショーロ・クラブ(2002年4月24日で触れている。やっぱり器用ね)の面々やYae という女性シンガーなどが軽くやり、お二人は最後に2 曲登場。それが第一部。
そして第二部は、本人たちが通して出演した。でも、意外に時間は短かったかな。こちらには沼澤尚などが少し加わる。カブサッキは基本的にギターを手にし、いろいろなエフェクトを通していろんな装飾伴奏音を出す。読売イーストでやったときよりフォーキー。どっちにしろ、才ある人たちであるのは間違いない。1970年代初頭日本にに金延幸子(1999年5月31日)がいたように、今アルゼンチンにはファナ・モリーナがいる。そんなワケの判らぬことも少し思う。そーなんだよ、どこにだって才ある、輝く人はいるんだよ。ああ、米英音楽的ワールド・スタンダード……。そして、ぼくはそれを愛好しつづけている人間なのだなー。
14日(土)
ノラ・ジョーンズ
有楽町・東京フォーラムC。基本的には5月30日にローマで見たパフォーマンスと同様のもの。ただし、こっちでは曲によりエレクトリック・ピアノを弾いたりもした。あと、あのときはツアマネ名義でついてきた友達(ダルー・オダ)がバック・コーラスに入ることはなかった。そのダルー・オダは2曲に入った。なんにせよ、その歌にしろ、ピアノにしろ、ジョーンズはちゃんとしたもの持っているナとも再確認。とはいえ、やっている曲は“誘い”や“癒し”を持つもののキャッチーとは言いがたく(「ドント・ノウ・ホワイ」を除く)、彼女のデビュー・アルバムが米国総合チャートでトップ10内に入っちゃっているのはいまいち合点がいかず。当然、そのセールスはドナルド・バードの『ブラック・バード』を抜いたUS3の1枚目を抜いて、ブルーノート史上一番売れたアルバムとなったようだ。ああ、レコード・セールスってよく判らん。でも、彼女のようなアーティストが売れるのはいいこと。それとも、そのセールスはテロ以降のアメリカ人の嗜好の変化が表れている部分がある?
アンコール最後の曲は、ザ・バンドの「イット・メイクス・ノー・ディファレンス」。じわん。この曲が入った1975年『ノーザン・ライツ-サザン・クロス』はザ・バンドのアルバムでも上位に評価を受ける作品と言えるだろうが、ぼくは個人的にはカッチリとしすぎていて、あまり手が伸びるアルバムではない。ぼかぁ、次作の評判がよろしくない『アイランズ』のほうがしがみつける隙間と破綻がいっぱいあって比較にならないほど回数を聞いている。でも、彼女の歌に合わせながらうろ覚えで一緒に歌ったたりしながら(昔、聞いてた音楽はそういうことが可能となる。今はちょい聞きが多いからなー。反省。でも、時間的にしょうがねーんだよ。こーゆー職業は聞けるんだったらやっぱりいろんなもの聞かなきゃ。愛の強さは繰り返し聞いた時間とは比例しないことを願いたい)、今あのアルバムを聞くと印象が変わっているかなーとも思う。時間の経過で聞こえ方、変わるときあるからなー。
12日(木)
フー・ファイターズ
「こんな言い方は適切ではないかもしれないが、なるべくしてなったと思っている。だって、これだけ世界が複雑になっているのに、アメリカは他の国のことに干渉しすぎだよ。他国を殴りまくってきたのに、それで殴り返されたからって、どうこう言える立場にないんじゃないか。アメリカは人のものを搾取して、それもありったけ搾取する特異な国になってしまっている。だから、僕があの事件が起こったときにショックは受けたけど、驚きはしなかったというのが正直な感想だ。亡くなられた方々、愛する人達を失った方々には申し訳ないが、あの事件はしょうがないかなあと僕は思っている」(マサチューセッツ州在住の、ザ・スリップのブラッド・バーさん)
「アメリカ人がこれまであるべきと思っていたアメリカがあの事件で終わったと思っている。アメリカ人には二つの考え方が同居していて、一つは自分たちはどこにも属さず特別なものなんだというもの。それから、もう一つは、アメリカは世界を牛耳れるんだというもの。そういう考え方をしていたら、そりゃ他の国から反感を買うに決まっている。これからは他の国に対してもっと謙虚にいくべきではないのか。今、アメリカ人がテロを引き金に愛国心を打ち出しているのはヒステリックなファッションだと思う。亡くなった人にはお悔やみ申し上げるが、あの事件に対して起こっている反応については首を傾げざるをえない。しかも、それに便乗して商売をしているミュージシャンがいるのが、僕はイヤでしょうがない。ある意味、僕のような考え方はアメリカ人らしくないかもしれないが、それは僕が人より世界を見てきたからだと思う。ほとんどのアメリカ人はアメリカの外に出たことがないんだから。アメリカ人は井の中の蛙なんだよ」(コロラド州在住の、ジョン・オーツさん)
あの事件から1年たったのか。あのとき、たまたまNYから戻ってきていた知人と中目黒の飲み屋で飲んでいたら、そいつの携帯にぞくぞく電話がかかってきたんだよナ。うわっ。そして、家に帰り、現実感がないままにTVを見つづけた。
去年の7,8月はどーしようもないぐらい忙しく、普段こなす3倍ぐらい原稿を書いたりして、相当にボロボロになっていたのだが、その事件もあって9月中旬になんとなく人間が壊れちゃい、それから約1か月ぐらいはなんかやる気のないダメ人間になってたんだよなー。虚脱感タップリ、なんか自分の存在が“アミ58パーセント”になっていると感じた。今、そのころの本欄の原稿を見ると、あんまりそういう感じは出ていなくてホっとしたが、ぼくのなかでは結構ダークな日々として記憶が残っている。
今週はザ・スリップを月曜日に、ジョン・オーツ(ホール&オーツ)を水曜日に取材したのだが、冒頭の発言は彼らの昨年9月11日のテロに対する見解。とくに、けっこう穏健にしてコンサバと思われたオーツの発言にはびっくり。というのはともかく、彼らの発言と一般に伝えられるアメリカの国を上げての愛国心盛り上がり状況との落差はなんなのか。考えるだけで暗くなるので(ちゃんと話せるだけの知識も持っている自信もないし)、話がそっちのほうに向かわないかぎりは、ぼくはインタヴューで9.11の話を振ったりはしないが、たまたまぼくがそれについて話したミュージシャンたちはみんなヘルシーな見解を取っているとは言える。偶然だが、5月下旬に相次いで取材した藤井郷子とアート・リンゼーはあの事件の日にマンハッタン内のそう遠くない場所にいてそれが新作に返っている部分もあり、必然的にそういう話にもなったが、二人にしても方向としては同様(アートは少し微妙だったかな?)。藤井は私の周辺のアメリカ人ミュージシャンはみんな事件は身から出たサビなたいな見解を持っている、みたいなことを発言していたと記憶する。
新宿・リキッドルームでフー・ファイターズ。デイヴ・クロールっていい人そうだけど、歌はヘタだねえ。ま、それだけで音楽の価値が決まるわけではないんだけど。今のアメリカの大衆受けロックのスタンダードの一つと言えそうな彼らの実演を聞いているうちに、あれに関しての若い米国人のキモチはどうなっているのか、なんて疑問が頭のなかでグルグル回ってしょうがなかった。アメリカの軍需産業関連を潤わせてはいけない。なんか、この件に関しては、ユーモアに欠けちゃうなあ。しくしく。
10日(火)
ケニー・ランキン、スティーヴン・ビショップ
南青山・ブルーノート。ソングライターとしても、いろんな人に曲が取り上げられていたりする、米国ヴェテラン自作自演派歌手が二人登場するライヴを見た。
まず、スティーヴン・ビショップ。彼のレコードを1枚もぼくは持っていないが、ジャケ絵ぐらいは覚えている。で、ステージに出てきた彼の顔を見て、あんまり顔が老けていないなあーと思う。飄々、ギターによる弾き語り。1曲はリズム・ボックスとキーボード音を一緒に出すような玩具みたいなやつを用いて歌う。驚かされたのは、かなり延々と漫談~誰かを模した冗談歌唱をすること。もっと言葉が判れば別なのかもしれないし、ぼくが生真面目すぎるのかもしれないが、とにかくぼくのテイストにはあわず。向こうでやっているのと同じようにやっているのだろうけど……。でも、弾き語りの技量自体は突出してはいないものの、確か。「オン・アンド・オン」という曲はいい曲ですね。
少しの休憩を挟んで、ケニー・ランキン。ビショップほどではないが彼もそんなに親しんできた人ではないのだが、この前ヴァーヴから出たアルバムが相当に出来がよく、ぼくは彼目当てでこの晩はブルーノートに行った。
やっぱり素晴らしい才能を持つ人だった。彼もギターを弾き語り(ガット・ギターをちょこんと持つ様はなんかバーデン・パウエルとか南米の人のそれを思わせられる)、2曲はピアノを弾く。とにかく、いい味あり、これぞ蓄積とワザが効いた弾き語り表現! 多くの場合、ボサ経由の妙味が感じられるのだが、彼こそはボサノヴァを素晴らしく応用できている最たるアメリカ人ではないのか。彼の当たりカヴァー「ブラック・バード」(ザ・ビートルズ)を聞くと(一緒にココロのなかで歌っていくと)いかに彼が自分の弾き語りとしてあの曲をテクニカルかつスリリングに分解し、瞬時に思うまま開いているかというのかよく判る。本来は、マイケル・フランクスの250 倍は売れなきゃワリがあわぬ人。堪能、満足しました。
9日(月)
アート・リンゼイ
1999年(12月9日)の暮れいらいの来日公演。場所は同じ、渋谷・クアトロ。
おお、なんと今回の編成はドラムレス。歌と効果音的ギターのアートに加え、お馴染みのメルヴィン・ギブス(b) 、そして電気的装飾音担当者(ときにサックスも吹く。これが、テクニカルではないがなかなかの味)とギター奏者。みんな、非白人。ただし、リズム音控え目なアコースティックなショウだったかというとそうではなく、PC経由の打ち込み音はバリバリ用いる。やっぱり、だったら生のドラマーなり打楽器奏者なりを使ってほしい、とは思いますね。電気ビート音を用いる必然性はあまり感じなかったし。
でも、ほんの少しは目新しい部分もあったかな。その萌芽を感じたような気がし、ここにきて彼のブラジル経由ふんわりヴォーカル路線のライヴ・パフォーマンスはちょっと煮詰まり気味かもと思った。でも、彼にはやりたいことは他にもいろいろとある。次は別の路線による実演を見たいナ。
7日(土)
トゥルー・ピープルズ・セレブレイション
ジャイアンツ球場が隣にある読売ランド・イーストでの、野外フェスティヴァル。2日間に渡るものの初日。ジャム・バンド・ミュージック・ビヨンド、というか、今のロック/クラブ側の耳で聞いて引っかかるポイントを持つ開放系/流動系のアクトが基本的に集められたフェスといっていいか。
飲むつもりだったので、電車で行く。駒場東大前~明大前~調布~読売ランド前(3線乗換。なんか、前がつく駅ばっかだなー)と書くと、かなり時間がかかりそうだが、なんか偶然繋がりが良く、全て京王電鉄なので、かなり短時間かつ安価に到着する。最寄りの駅(降りると、本当に田舎の風景なのでびっくり。やっぱり、世の中広いよなー)からはスキー場にあるようなゴンドラで山の上のほうに向かう。かつては動く歩道みたいなのがあったように記憶するが。眺めは良好、ランド内には変なオリエンタル調建物が点在していることがよく判る。海外の勘違い日本庭園的な、それの狙いはなんなのか。
ゴンドラ降りてからの案内がなにもなく、最初ぜんぜん違うほうに行ってしまったりして(俺の前後に、ゴンドラに乗った人はみんなそう)、イースト(それが野外会場の名称)に到着するのに非常に時間がかかる。ヴォアダムスはそのため見れなかった。でも、彼らの音って、遠くに鳴っているのを聞くとなんかワクワクさせるものあるよな。もう少し、親切なインフォメーション提供をやってえ〜。
イーストに行くのは1998年のボサノヴァのフェスいらい(たぶん)。遊園地はすいている。しかし、土曜日がコレで採算が取れるのか。いったい、平日はどーなっている? 人ごとながら心配になった。で、すいているのはイーストも同じ。主催者にとってはトホホだろうが、自由に動けて、好きな所に座れて、気儘に見るにはとってもOK。今年はWカップの会場とか、他の野外フェスのステージにいろいろ触れたりして、大きめのやつに慣れちゃったせいか、イーストはなんか会場が小さくなったように感じた。
このフェスのポイントは、メイン・ステージの両横に小さなステージを設けて、待ち時間を作らずにアクトを次々に登場させるようにしたこと。ステージに向かって右が簡素な編成の生演奏用、左がDJブースになっている。事前の演奏時間配分は、中央ステージが1時間半、サブが30分というものだったようだ。それから、客席前方には椅子がなく、スタンディング・スペースとなっている。その設定も非常にいい。イーストは傾斜が非常にあるから、後ろからでも無理なく見ることができる。音も他の野外会場よりは、いい感じあるナ。
右側のサブ・ステージに登場したROVO(2000年7月29日、2000年9月14日、2001年2月3日、他にもライヴ触れている日があるかも)の山本精一と堀井祐二のデュオは、弓引きのほわーんとした音の重なりを基調とする、環境的音の流しあい。続いて(実は続かなく、少し待ち時間があって)、クリッターズ・バギン(2000年7月19日)やポンガ(2000年9月14日)のサックス/ホーボード奏者のスケーリックが中心となったクリッターズ・バギン発展四人組であるブラック・フレイムズがメイン・ステージに登場。スケーリックがサックスでギター音を模したような音を出しての、激ロック調ナンバーでスタートする。なんか、スケーリックとジョン・ゾーンの親和性に頭を巡らす。打楽器奏者はヴァイブラフォンを多用し、ときにフランク・ザッパ表現を思い出させるところもあり。スケーリックはキーボードは弾かず、やはりヴァイブや打楽器に向かい合ったりする。ベース奏者に打楽器3つ、ヴァイブ3つとなる場面もあった。ヴァイヴ基調曲はシカゴ音響系ジャズを思い出させる局面もあるが、それは意図的らしい。
次に、左側のサブ・ステージにこだま和文(2001年3月)がDJとともにパフォーマンスをする。気持ちあるトランペットを遊ばすだけでなく、けっこうぼやき調で語る。ちゃんと考えていることを真摯に表明する。それが、彼のなかでは音楽とも綱がっているんだろうな。
中央ステージに、御大なきあとのサン・ラー・アーケストラ。渋さ知らず(2001年7月28日)の原点にあるのも、彼らですね。その興味深い演奏については2000年8月14日分でリポートしているが、抜粋メンバーであたった今回はそれを水増ししたような感じか。なんか、とっても物分かりが良くなったような感じも受けた。まあ、あの恰好でゾロゾロ出てきただけで、嬉しくなってしまうワタシでもあるわけだが。カラフルな恰好はあのときとちょっと違っていてニュー・ヴァージョンか。親分なきあと、彼らはマーシャル・アレンをリーダーに置いてオルガンなしで事にあたっているのだが、この日のショウにジョン・メデスキは加わりたかったんじゃなかろうか。MMWの『ザ・ドロッパー』にアレンがゲスト入りしてて、そのことをメデスキは非常に喜んでいただけに。いや、俺がそれを見たかった。どうせ、片肺編成でやってるんだから、それぐらいのサーヴィスがあってもいいのにネ。
その後、右側ステージに、アルゼンチンからやってきた3人組が登場。ギターの弾き語りをする女性フアナ・モリーナに、フェルナンド・カブサッキとアレハンドロ・フラノブという二人のサウンド・クリエイターが合体したユニット。実は今フェスのなか、個人的に一番見たかったのが彼女たち。乱暴に言ってしまえば、アルゼンチンのレニーニなるものを聞かせる人達。モリーナの作る曲自体がレニーニっぽいし、男性群の不思議感覚に満ちたサウンド・トリートメントも良好で、その総体はレニーニなんかと並べるべき清新な現代ポップというものになっている! で、実演もふわふわしながらそういう感じ。素晴らしい。モリナさんは当然スペイン語で歌っているのだろうけど(歌詞カードはそう)、英語圏の表現にも親しんでいるためか、あまりそれっぽく聞こえないのが面白い。最後には、山本/堀井が演奏に加わる。
今回の来日はこの三人がLAまで来る仕事があって、ついでに外盤が売れている日本にも足を伸ばしたがった結果、本フェスに引っ掛かったらしい。フェス中も3人は支持者個人宅に身を寄せていて、会場からも電車で帰っていったという。そういう事実も裏側にあることを忘れたくないナ……。地道にやっている人がいっぱいいる。ともあれ、そのかわり少し日本にいつづけるようで、モリーナとカブサッキは9月15日にテアトロ・スンガリー青山という場所で公演を行うようだ。勧めます。その日、複数の公演があるのだが、なんとか行きたいな。
最後は、MMW(1999年8月5日、2000年8月13日、2001年2月5日)。基本的には変わらず。だったと思うが。もう酔っぱらいでーす。いや、ブラック・フレイムズのあたりからそうだったか。
帰りは、豪勢な革張りシートのメルセデスで家まで送ってもらう。すみません、モリーナさんたち。その深いトランクには某商品(非音楽のもの)のサンプルがいっぱいつまっていて、それも沢山いただく。なんか、それが代価となるバイトをしに山に行った気分に少しなった(?)。途中、東京スタジアムの横を通る。頑張れ、FC東京。ヴェルディが調子いいのが、少し悲しい。
3日(火)
ポール・ブレディ
渋谷・クラブクアトロ、1日にアルタンのセットに少し加わったブレディの単独公演。アイルランドに住む、かつてはAOR仕立てのアルバムをメジャーから出ていたりもしたシンガー・ソングライターだ。アコースティック・ギターの弾き語りが中心で、ときにピアノの弾き語りもする。グランド・ピアノとエレクトリック・ピアノ、両方を用意。贅沢だな。休憩を挟んでの2部構成、その休憩時間を入れれば全部で2時間半を越えたか。まあ、パートリーはいくらでもある、どーにでもやりようはあるということか。両セットとも、最後はシャロン・シャノンらが控えめに加わる。ぼくがいいナと思えたのは、そのアイリッシュぽい味付けのもの。逆に言うと、そりゃ悪くはないけど、彼のシンプルな弾き語りの曲は“誘う”ものがぼくには多くはない。別に普通のシンガー・ソングライターっぽくても構わないのだが、ソウルぽさとかグルーヴとか言えそうな米国黒人音楽の影響の種がほとんどない人なので(いや、実は白い味の人でもそれがうっすらとどこかにある人は多いのだ)、聞いてていまいち味気ないと感じてしまう。なかにはクリス・レアを思わせる曲もあるのだが、そのブルージィな味の欠如具合でもそれは感じられた。会場内はオヤジ多し、本人は遠目にはブルース・コバーンぽく見えたりも。
1日(日)
アルタンまつり2002
1年強ぶりに行われるアルタンを中心とする(前回は2000年5月21日)、アイリッシュ系の音楽家達が集うお得音楽フェスティヴァル。会場は渋谷公会堂、チケットを持ちさえすれば屋外に出てもいいようになっていた。複数出演者のある休憩付き公演の場合、それはありがたい。
まずは、地味なはみ出し方をするフォー・メン&ア・ドッグが登場。ボーランと歌のジーノ・ルパリの太り具合にはびっくり。彼はイタリアの血を引いているのだとか。次に出てきたのは、アコーディオンの、お馴染みシャロン・シャノンのグループ。なんでも、ご一行はは前日夜中まで飲み屋で演奏していて、シャノンさんはそのときに二つ持参していたアコーディオンのうち一つを紛失したという。うわー彼女たちが持つ日本安全神話崩壊だなと思っていたら、演奏後部屋に一度戻ってスーツケースを開けたらそこにあったというMC報告が。酔っぱらって戻り、適当に置いて忘れちゃったんだろーな。彼女のセットには、歌とフィドルのおじいさん、テジー・オハロランが加わったりもする。そして、最後はアルタンのパフォーマンス。清らかなヴォーカル曲と、こなれててときに起爆力もある演奏の豊かな重なり。少しの曲では少しお腹が太いながら、切れのあるステップを見せる男性ダンサーが出てきて客を沸かせる。最後には、出演者が全員登場して笑顔で共演をした。
満員。きっちり固定客あり。適度にお酒が入ってるんだろうアルタンのステージを見ながら、アイリッシュ・ミュージュックに心地よく浸れる最大の理由は、それが“酔っぱらい音楽”であることが大きいのかもと思ったりもしちゃう。それから,当事者の人の良さかな。オレ、自分で人間ができていない、人柄ある面では良くないと自認しているから、地道とか実直とかいう、まっとうなことをじんわり感じさせる人を、西洋人の教会の懺悔ではないが、なんか応援したくなっちゃうところあるんだよなー。
by eisukesato
| 2002-09-01 00:00
| 音楽
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