
佐藤英輔のライヴ三昧 Diary noteから引っ越し中
by eisukesato
検索
最新の記事
| ここのところの、訃報 |
| at 2026-02-16 00:00 |
| サマンサ・フィッシュ。ポーラ.. |
| at 2026-02-12 18:00 |
| アヴィシャイ・コーエン・クイ.. |
| at 2026-02-10 00:00 |
| JAL国際線機内エンタテイン.. |
| at 2026-02-09 00:00 |
| 松井秀太郎カルテット 20.. |
| at 2026-02-06 19:00 |
以前の記事
2026年 02月2026年 01月
2025年 12月
2025年 11月
2025年 10月
2025年 09月
2025年 08月
2025年 07月
2025年 06月
2025年 05月
2025年 04月
2025年 03月
2025年 02月
2025年 01月
2024年 12月
2024年 11月
2024年 10月
2024年 09月
2024年 08月
2024年 07月
2024年 06月
2024年 05月
2024年 04月
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2004年 09月
2004年 08月
2004年 07月
2004年 06月
2004年 05月
2004年 04月
2004年 03月
2004年 02月
2004年 01月
2003年 12月
2003年 11月
2003年 10月
2003年 09月
2003年 08月
2003年 07月
2003年 06月
2003年 05月
2003年 04月
2003年 03月
2003年 02月
2003年 01月
2002年 12月
2002年 11月
2002年 10月
2002年 09月
2002年 08月
2002年 07月
2002年 06月
2002年 05月
2002年 04月
2002年 03月
2002年 02月
2002年 01月
2001年 12月
2001年 11月
2001年 10月
2001年 09月
2001年 08月
2001年 07月
2001年 06月
2001年 05月
2001年 04月
2001年 03月
2001年 02月
2001年 01月
カテゴリ
全体美術館
映画
音楽
サッカー
その他
旅
舞台
未分類
ファン
タグ
ジャズブログジャンル
2002年6月1日〜26日
26日(水)
W杯、ブラジル対トルコ
2度目の、埼玉スタジアム。体力なしのぼくは座って行きたかった。今回乗るのはラッシュ時ということで安全を取り、地下鉄南北線に目黒駅から乗車。とうぜん、また座っていけました。
座りながら営団はマシだナ、それに引き換え都営の地下鉄は……と、以前に感じた怒りというか、理にあわないものに対する深い違和感を思い出す。この春に門前仲町に飲みに行ったとき初めて大江戸線に乗ったのだが、そのとき座ってぼくは仰天した。なんか、椅子の座りシロが短くて、なんとも座っていて具合が悪いのだ。立っている人もいるだから、座れるだけでも有り難いと思えということか。大江戸線は普通の線よりも車両幅が狭いと聞いたことがあるような気がするが、だからそれに合わせて座席幅を狭くしたのか。だけどよお、あの座り心地の悪さは人間基準法違反だぜ。あれは成人男性にとっては絶対に狭すぎる。ああ非人間的お役所仕事……、体裁を整えればそれでいいだろうという腐った性根が見えるようでもあり。なんにせよ、ありゃねーだろう。本当に皆、あれに座って何も感じないのか。まあ、どうせそんなこと、地下鉄なんかに乗らないだろう選民意識にこりかたまった東京都知事は知らないんだろーなーと思ったら、あのジコチューワガママバカじじいに対する怒りが改めてふつふつと沸いてきちゃったよなー。試合前にちょっとカッカ(苦笑)。なんかけっこう人気あるらしいけど、そんなに癇癪持ちの放言癖って、素晴らしいことなのか。それに、そんなこと以前に、神経に異常をきたしている者(あの、目のシバシバはそう取るしかないものでしょう)がぼくの住む所の長をやっていること自体がぼくはイヤだ。
駅に着くと、先の日本戦のときと違い、ダフ屋が結構いる(逆に、チケットほしいというメッセージを持った人は皆無)。不正行為をやっている方々、チケットをいくらで売ってるのか、聞けば良かったにゃー。遠くスタジアムのほうで、花火が景気よくボンボン上げられている。いいぢゃん、期待が高まる。東京を出るときは降っていた雨もあがっている(東京に戻ったら、また降っていた)。
20時半開始。試合は面白かった。満足。今大会の掘り出しモノであるトルコはいい出来だった。一方、ブラジルは組織として不整備な戦い方をしているが、やはり個人技というか、個人の馬力が違う感じ。言い換えれば、とっても本能的というか、わがままに原始的な戦いを彼らはしていた。でも、あまりにシステマティックになりすぎ人間がコマのように扱われちゃう現代サッカーにあってそれは新鮮に見れるものだし、そんなお馬鹿さんチームが上に進むというのは悪いことではない。いや、歓迎したい。
といいつつ、ブラジルを応援する人が大多数のなか、ぼくはトルコを応援したんだけどネ。まあ、トルコのおねーさま方がとっしても綺麗らしいとか、理由はおぼろげにいくつかあったのだが、なんかここのところぼくが判官贔屓モードになっているということにしておこう。
見どころあった試合が終わり、余裕を持ってゆっくりスタジアムを出て、南北線に乗って(遅くまで、かなり増便されている)、永田町で半蔵門線に乗り換えたら、それが最終電車だった。不慣れな外国人だと、乗り換える電車がなくて、うえーんってこともあったりしたろうな。永田町のホームにもカナリア色のリプリカ・ユニフォーム来た人があちこちに。今年の野外音楽フェス、サッカー服着ている人ふだんよりずっと多くなるかな?
そういえば、スタジアムから最寄りの駅までの帰り道、海賊版とおぼしき各国ユニフォームを行商する外国人が結構いましたね。1000円で叩き売り(それはトルコ)なんてのもあったが、基本的に2000~3000円で売ってたみたい。
日本人が自国以外のいろんな国のユニフォームを着るのは奇異と海外メディアの目には映るという報道を複数見たような気がするが、それはそれでいいんじゃないか。鷹揚で。いや、今回のW杯がらみで、日本って捨てたもんじゃないかもって思えたこといくつもあった。今回、来日観戦者の暴力沙汰はほとんどなかったように思われるが、あれは日本人の温かさ、いい人ぶりも大きく左右したのではないのか(ベッカム・フィーヴァーはなんだかだが)。
また、韓国の自国さえ良ければそれでいい的なあり方が一部でけっこう問題になっているようだが(だけど、サッカーの世界ではそれがスタンダードでしょ)、そういう面でもぼくは日本っていい国だと思った。いいぢゃん、セコい立ち回りしてなくて。
何をしてでも勝たなくては。名誉をかけた、国と国との戦争なんだ。そういう考え方もあるだろう。だけど、そーじゃなくてもいい。ぼくは心からそう思う。日本人のカッカーにまつわる軽さは決して悪いことではない。よく言われることに、日本にはサッカーの歴史がない、サッカーが根づいていない、云々。だったら、ぼくは根づかなくてもいいと思う。たかが、サッカー。それでいいぢゃん。というか、サッカー以上の意味を持つと、ぼくは心から楽しめなくなってしまう。ストーンズにならうなら、“たかがフットボール、でも好きさ”である。
ちょっと青臭い言い方になるが、やっぱおおらかにフェアプレイでしょ。断固、“マリーシア”反対! 試合巧者とか、要領のいい試合の進め方を“狡賢い”と言うならぼくも認める。でも、サッカーの世界で一般に使われるマリーシアは、間違ったことでも勝利に繋がればいい、審判にバレなければヒキョーなことも善、っていう次元のことも含まれているはず。成り金土建屋の薄ら寒い金銭哲学の如き、サッカー界の貧しいマリーシア哲学が、どんどん試合を荒れさせ、結果的に誤審を増やす要因にもなっている。ひいては、FIFAのどうしようもない腐敗も。今回のW杯で露見した様々なヤバさはサッカー関係者/識者が許容/推奨するマリーシアなる化け物が導いたものではなかったか。
とにかく、今さらサッカーの悪しき“基準”“ならわし”に染まってどうするの。これからもし日本がサッカーの世界でイニチアシヴを取ろうとしなくても、存在感をアピールしようとするなら、フェアな、開かれた姿勢を大々的に持つしかないと思う。緩くたっていい、いま理想主義に則って我が道を行くことが、日本の進む道ではないのか。って、マジにそう考えるぼくは甘いんでしょうか。
そりゃ、1から10まで理想主義、フェアプレイなんかじゃいけない。まったくもって。たとえば、どうしてあんな無駄な反則してイエロー・カードをもらうのだろうって、第三者が見ると思わずにはいられない場面って多々ある。でも、一方では“止めてくれるな、おっかさん~”てな、選手側の辛い心情も判る場合もあるんだよなー。それは実際にサッカーをやったことのある人だと了解できることだと思うのだが、ちんたらした草サッカー試合でも場合によってはひょんなことから険悪な空気が流れて、荒れた試合になってしまうことが稀にあるもん。プライドというか競技者としての闘争本能にまつわる微妙な部分に触れてしまって、反則しちゃうんだよなあ。イカン、デモココハ自分ノ尊厳ノタメ、ぷれいやートシテノ存在証明トシテがつんト行カナクテハイカンノダ……俺もそう思い足をかけたことがある。ましてや、本当の頂点のほうにいる選手たちなんて、余計にそいう方の気持ちは強いはずだから、反則せずにはいられなくなってしまうときがあるのだと思う。だから、現役時代イエローを一度ももらわなかった(んだよね?)というリネカーは、本当に変態(いや、超越した天才)だったのだとぼくは思う。
って、どんどん論点がズレているナ。ははは。最後に、いろんな面で品のないトルシエには二度と日本の地を踏んでほしくない。彼を推薦したベンゲルってのも生真面目な顔してふてえ野郎だぜ。それを真に受ける日本の協会もまったくもっておバカで、お茶目。やっぱり、日本はこのままお茶目に行きつづけるしかないでしょう。
25日(火)
ソウル・サヴァイヴァーズ
随分と大げさがグループ名ではあるが、この顔ぶれなら許されるか。コーネル・デュプリー(ギター)をリーダー格に、レス・マッキャン(ヴォーカル、ピアノ)、ヒューストン・パースン(サックス)、チャック・レイニー(ベース)、バディ・ウィリアムズ(ドラム)という布陣によるもの。南青山・ブルーノート東京。
ところで、キング・カーティス・バンドに在籍して知られるようになった、テキサス州フォートワース(キング・カーティスやオーネット・コールマンが出た都市。デュプリーはオーネットの妹と一緒にバンドをやったことがあったそう。また、同所はロナルド・シャノン・ジャクソンの出生地でもあるが、前出プラッシュの今回テキサス出身と紹介されていた同行ベース奏者はシャノン・ジャクソンなんかと一緒にやってた人なのだとか)の出身だが、実に判りやすい英語を話す人である。イントネーションがフラットなうえに、非常にゆっくり喋るとともに、用いる単語数が少ない。彼のMCを聞きながら、かつてインタヴューやったとき、自分の英語力が5割増になったような気がしたのを思い出した。
以下、サッカー式採点のもと寸評を。って、やっぱ未だサッカー・モードなのよね。デュプリー:5(チーム全体のバランスを考えキャプテンシーは発揮していたものの、もう少し果敢に攻め上がっても良かったのでは)。マッキャン:5,5(歌に関しては、7,5 。聞きほれるのみ。だが、ピアノに関しては3,5 。彼は90年代に脳卒中で倒れていらい、鍵盤を弾く面においては障害が残ったようだ。少なくてもレコードではあまり弾いていない) 。パースン:5(可もなし、不可もなし。淡々と自分の仕事をこなしたが、消えていた局面も)。チャック・レイニー:5(なんと6弦ベースを使用。いっさい、スラッピングはやらず。全然攻め上がらず、笑顔でディフェンスのみを行う)。バディ・ウィリアムズ:6(この中では一人だけ10才ぐらい若く、年長者を気遣いながら手堅くプレイ。それなりの試合運びが出来たのは、彼の堅実なプレイに負うところも少なくなかったはず)。
23日(日)
プラッシュ
青山・カイで、シカゴの異色シンガー・ソングライターを見る。前回(1999年3月)、プラッシュことリアム・ヘイズを見たときは本当に驚いた。シンプルながらメロディアスなピアノの弾き語りの、そのかけがえのない感覚に。味気なく言ってしまえば、初期のトッド・ラングレンが弾き語りしているみたいな実演なんだけど、なんか切実というか、濡れた情緒がこぼれ出てくる感覚があって、ぼくは魅了されたのだった。
前座として、日本人4人組のツキノワ。なるほどお。フォーキーな弾き語り+環境っぽいジャジー音(1曲目なんかマイルス『イン・ア・サイレント・ウェイ』的なエレクトロ音が付いていた)。シンガーの歌い方/声質は少し好みではないものの、こりゃ新鮮だなと思う。ずっと聞いていくうちに、音の重なりかたが似たような感じなので少し飽きたものの。でも、自分たちの今を求めようとしているのはよく伝わりました。
さて、プラッシュのパフォーマンスだが、今回はちゃんとバンドを率いてもの。で、驚かされたのは、そのバンドのなんとも古臭い音色。いなたい。しかも、もっと驚いちゃったのは、ヘイズさんはピアノを弾かず全編ギターで通したこと。すると、がさつさが導く不思議な佇まいが前面に出る。ぼくは繊細にして、プライヴェイトな感覚を持つピアノの弾き語りのほうを取るが、なんか開かれたビミョーな魅力がそちらにあるのも確か。ちょっと、説明が難しいのだが。ともあれ、絶対に彼はピアノを弾きながら歌うときと、ギターを弾きながらバンドで歌うときと完全に使い分けている。
実は開演前に彼にインタヴューしたんだけど(スタイリッシュな人。好印象)、コンサートを見てからだったら、その違いについての本人の見解を問いただしたんだけどナ。
ちなみに、管楽器や弦楽器をふんだんに使った新作『ファド』(P-vine) はアレンジをアース・ウィンド&ファイアの『太陽神』のそれで知られるトーマス・ワシントン(トムトム84)がやっている。シカゴつながりですね。それ以前にEW&Fのアレンジはやはりシカゴ出身の(というかEW&F自体がシカゴ派生のグループだったわけだが)チャールズ・ステップニーが大風呂敷にして精緻なアレンジをやっていた。そしてスッテプニーの死により、トムトムにチャンスが回ってきたという経緯があるわけだ。もしチャールズ・ステップニーが生きていたら、彼にアレンジを頼んでいる可能性はありますか? その問いに対して、ヘイズは「その答えはすることができない。でも、トムはチャールズ・ステップニーがやっていたことをすべて引き継いでいるというのは間違いなく言えると思うよ」
そんな人を雇う一方で、彼はスティーヴ・アルビニやジョン・マキンタイアら別なほうの現とんがりシカゴ勢もアルバムで同居させている。やっぱり不思議な人……。というか、シカゴのシーンが美味しい狭さを持っているんだろうけど。
18日(火)
ミシェル・ンデゲオチェロ&ザ・ブレサレン
決勝ラウンド、日本が負けた。ま、しょーがない(でも、勝てたよな)。負けてしまっても、各所は相変わらず大騒ぎだったらしい。確かに楽しいよナ、みんなであーゆーことやっちゃうの。なんか、平成の“えーじゃいか”って感じかなあ。みんな、鬱憤が溜まっているというか、なんか騒げる、無茶できる口実があればなんでもいい、というか。
南青山・ブルーノート東京。ミシェル・ンデゲオチェロの実演はギター、ベース、ドラム、キーボード、男性ヴォーカルを従えてもの。ンデゲオチェロはあまりベースを弾かず(つまり、弾くときはツイン・ベースとなる)、肉声担当者としてバンドを率いるという図は過去の実演と同じ。だけど、あんなにもちゃんと歌うとは思わなかった。日々、ヴォイス・トレイニングを積んでいるんだろう。華はないが、意外なほどいいシンガーでありました。
角が取れた個体が重なり、いいバンド・サウンドが出来上がる。そう説明できる音はあると思う。近い例で行くと、レディシはそれに近かったと思う。それに対し、ンデゲオチェロの場合は角ありまくりの個体ががっちりかみ合うことで、絶妙のグルーヴとクルーネスを持つバンド・サウンドが出来上がっていた。
強くて、美しい音楽。そして、そこにはグルーヴという名の不思議な間の感覚を始めとする、ずっと受け継がれてきた米国黒人音楽のエッセンスがしっかりと息づいていた。なお、レコードだとレトロな所もある彼女の表現だが、生だともっと前進する感覚を持つものであることも書き添えておく。この日のライヴも非常に良かった。こりゃ、年末のベスト・ライヴとかいう企画、苦労しそうだナ。
12日(水)
レディシ
成田から、そのまま伊丹空港行きに乗り、大阪へ。
そして、夜に梅田・ブルーノート大阪。初めて行った。同じブルーノートを名乗っていても、東京と大阪/福岡は違う会社による運営、かなり感じが違うようなあ。本国のほうからは共通のイモな内装の指示とかあるそうだけど。で、ブッキングされるアーティストも違っていて、出演者は西海岸のジル・スコットなんて言われたりもするレディシ。東京のほうには出ないので、わざわざ見に行ったわけだ。
張りがあり、ひまわりのような陽性感覚を持つ人。最初はけっこうびっくり。やっていることがアーティスティックなぶん、我の強い、わがままな人なんて話もあったから。ところが、快活で敷居が低くて、とんでもなくサバけていて……。そんな彼女は不思議なスキャットを多用する。途中に、エディ・ジェファーソンが愛唱した「ストレイト・ノー・チェイサー」をやはりとっちらかったスキャットを交えて披露する。なるほど、彼女がアピールしようとするジャズ的興味の種はここらへんにあるのね。女性キーボード奏者、サックス、ベース、ドラム、実にわきまえた男性コーラスを従えての実演。男性陣はみんなスキンヘッドだった。
何をやっても、その奥に芯と内実があり、伸び伸び感がある。アフリカン・アメリカンとしての人間性謳歌の爆発、それにつきる好ライヴであった。
その後、やはり東京から来ていた知り合いたちとともに良かったね~と飲んだあと、夜半に宿に戻ったのだが、なんと繁華街のどまんなかにあるそのホテルは昼間に長居球技場で試合をしていたナイジェリアとイングランド人が泊まりまくりのところだった。ホテル前は夜中なのに、ナイジェリア人があふれている。ココは何処。そりゃ、それだけじゃ終わりませんね。
すぐ横の屋台でやあやあやあ。そこにイングランド人も入ってきたりも。ナイジェリアの人達は予選敗退が決定したというのに、みんな穏やか。よくぞ日本まで来なすった、飲め飲め。いや、ぐでぐでだったのは日本人だけかもしれぬが。でも、楽しかったなー。人がいれかわりたちかわり。そして、朝まで。
実のある草の根交流が出来たなんては口を避けても言わない。ほんの上っ面にしかすぎないものだから。ただ、なんとなく自分が逆の立場でやってほしいことをしてみようとはした。いろいろな習慣と価値観を持つ人がいる。でも、一方では楽しい、凄いと思える共通のこともある。一人とはフェラ・クティの話もした。我々はいろんな物を通して、胸を張って自分のナショナリティや文化を確認する。そしてだからこそ、相手のそれらにも敬意を払う。サッカーや音楽はそのきっかけに過ぎない。でも、それらを好きで良かった。
そういえばレディシとは、ナイジェリアの言葉で“幸運を運ぶ”という意味だそうな。
11日(火)
W杯、フランス対デンマーク
フランス対デンマークを見るために、前日から韓国・ソウルに滞在。成田で出国審査の窓口を出ると、すぐに韓国の仮入国審査(プリ・クリアランスと名付けられていた)が受けられるようになっている。逆も同様。実はぼくが最初に行った外国が韓国、学生時代にゼミの先生について行ったんだよなー。はるか昔こと。当然のことながら、いろいろなところが変わっている。インチョンの空港に着いたとき、ちょうどテグでの韓国対アメリカ戦の最中だった。到着ロビーもあちこちでTV中継が映し出されていて、人だかりが出来ている。それにしても広い、綺麗な空港だな。話は飛ぶが、成田(第2ターミナル)に戻ってその狭さ、暗さ(それらは貧乏臭さ、閉鎖的というか非インターナショナルという印象を見事に高めている)に愕然とする。別に見栄を張る必要はないが、これでいいのか。なんか、ハブ空港云々いう以前の問題と感じる。やっぱ、日本はなにかにつけてミニチュアだなあ。それは隣国の韓国の、電車の幅の広さやお店の広さ(余裕の取り方)なんかを見ても一目瞭然。やっぱり、日本は“箱庭文化”なのだという印象を強くする。それはそれでいいところもあるだろう、だけどぼくはいろいろな面でもう少し悠々と行きたい。だから、話は変わるが基本的に新宿ゴールデン街にあるような狭い飲み屋では絶対飲みたくない。肩すぼめて飲んで、何が美味しい? そんなに人と接触しなければコミュニーケートできないの?
しかし、グループ・リーグ初戦でフランスが初戦で負けたときは嬉しかった。これで、この予選3試合目は消化試合にならずに済むはずであったから。確か、前大会のフランスでも偶然にこの二チームは同じグループで3戦目に対決し、予選突破が決定していたフランスは“流し”のゲームをしたはずだ。フランスがまさか2試合目も引き分けてお尻に火かついた状況での予選リーグ3戦目となるとは想像がつかなかったけど。
話は戻るが、韓国戦があった日のソウルは大雨。そのなかをものすごく沢山の若者が野外で中継を見ながら応援したらしい。街中、ずぶ濡れの若者があっちこっちうろうろしていて、飲み屋(韓国には基本的にワインという選択肢はない)にも沢山いた。あちらの自国応援者は、“Be The Reds"と印刷された赤いTシャツを着る。割高なレプリカのユニフォームを来ている人はあまりいない。実質主義? 結果的に、拝金主義というしかないサッカー・ビジネスの流儀に染まることを良しとしていないのは確か。ぼくは彼らのことが余計に好ましく感じた。深夜、そのTシャツを露天で10000 ウォンと言われたを値切って9000ウォンで買った。約1000円。それをおっちょこちょいのぼくは着たりもした。だって、日本で日本代表ユニフォームのレプリカを着ている外国人を見るとなんかいい奴って思えるぢゃん。ともあれ、赤いTシャツ軍団は夜中になってもあちこちで気勢を上げている。ぼくも一緒に混ざってはしゃいじゃった。楽しかった。みんなみんなフレンドリー。
そういう騒ぎの場に警察官はいなかった。そういえば、球技場にはさすが多数の警察官を見たけど、今回の滞在で普通のソウルの街中では本当に警察の人を見なかったなあ。前に来たときは軍服着た人もいろいろ見たように思ったが、それも今回は地下街で1組見ただけ。実はローマという街にはそれなりに軍服着た人がいたりもしたので、余計にソウルが身軽に感じられるところもあったな。今回、最後の空港の免税店のおねーさんたちの下劣な買い物勧誘以外、不快に感じることは一度もなかった。
翌日の、この日(11日)はうって変わっての晴天。ソウルからインチョンに地下鉄~鉄道~地下鉄と乗り継いで行く。1時間強乗って、キップ代は1000ウォン。日本の初乗りと変わらないじゃないか。立派な地下鉄駅を降りると、すぐに球技場に着く。近い。日差しはなかなかのものだが、湿度は低く、心地よい風もあり、上着を着ていてちょうどいい感じだ。
結果は、フランスが0─2で負ける。手負いの虎が牙をむく、はずだったんだが、見事に情けなかった。ははは。かつてのフランス・チームの流麗な試合運びはそりゃ魅力的であり、嫌いになれるはずがない。いや、チケットが入手可能になったこともありそれを見たくて韓国行きを決めた。でも、スタジアムに入ったとたん周りの観客の独善的なフランス贔屓のよどんだ雰囲気にイヤ~な気持ちになり、急遽デンマークを応援することにしちゃったワタシ。結果、仏は仏になった。生理的にザマーミロ。それにしても、なぜ皆あんなに権威に寄り添うような態度をこれが正義とばかりに露骨に出せるのか? フランス応援者の気持ちがどんどんヘコむのがよく判る。チームの焦りや、諦めも手に取るように判る。もう、ぼくはサディスティックな醍醐味、快感を味わった。
と書きつつ、3戦目にしてやっと出てきた故障あがりのジダンのことは他のどのプレイヤーよりも注視しちゃったな。やっぱり、次元の違う人だもの。彼にいつて一番印象に残っているのは、やっぱハゲだったということ。もう天気がいいから、陽光を受けて頭がピカピカに光って、どこにいてもすぐ判る。誇張じゃなく。これで調子が良かったら、本当に後光がさして見えたとか、彼にだけスポットが当たっているみたいだった、なんて書き方したくなるんだろーなーとも思った。ひひひ。でも、動けないジダン。ミスするジダン。でも、一生懸命やっていたのは間違いない。ああ、これもライヴ。
しかし、いろんな面で今回のW杯は予想がつきにくく、面白い。予選リーグの勝ち点の様々なマジックというか数奇なストーリー展開に魅せられた人も少なくないのではないか。共催が決まった時点で、知り合いは“ばったもんワールド・カップ”と呼んでいるが、なるほど少し言いえて妙。だが、ばったもんにはばったもんならではの面白さが間違いなくある。
5日(水)
W杯、ロシア対チュニジア
早起きして新幹線に飛び乗り、神戸(ウイング・スタジアム)に行く。完全にアタマはW杯サッカー・モード。こんな興味深くも刺激的なイヴェントを横でやっているのに、ちんたら仕事などやっていられるかって感じい? この後の日本の対戦相手でもある、H組ロシア対チュニジアの試合を見る。ここも、サッカー専用球技場。そうじゃないのとそうなのとでは、臨場感にかなりの差が出る。
いい天気というか、暑い。なんか緑のピッチに向かい合うだけで、誇らしげな気持ちになってしまうのはなぜだろう。ロシアの国旗を初めて知る。それを横にするとフランスになるのか。ロシアの応援団はみんな共通のシャツを着ていることもあり、すぐに分かるし、それなりの人数が来ているのだナと気づかされる。試合中しきりにウェイヴを仕掛けてくるのには、なんだかにぁー。
ぼくは当然今後の日本の有利さを考えチュニジアを応援したが、ロシアを応援する日本人も少なくなかったような。自由ですが。しかし、日本人は物販が好きだねー。オレ、ああいうのに本当に興味が沸かない。なんか、他の人の執着ぶりと比較すると、人として大切なものが欠けているんじゃないかと思わずにはいられないぐらい。まあ、人それぞれ。
悠々と試合を見て、終了。終わると間もなくスタジアムを出ろと言うことなかれな対応には閉口。夜の11時に終わった試合ならいざ知らずまだ18時前だぜ。それにさあ、スタジアムの外に出ても、先が詰まっていて進めないのだから。でもって、帰り道の警察他の厳重誘導にも、げんなり。これは、去年だったか同じ兵庫県での明石の花火大会の事故を受けてのものだろうことは容易に想像できた。気持ちは分かるが、ウザすぎ。
さすがに、カラダぼろぼろ。でも、しゃーわせ。
4日(月)
W杯、日本対ベルギー
いやー、満足満足。やっぱり、音楽じゃないのもいいのお。いや、享受する楽しみに、音楽かどうかなんて区別はいらないんですけど。
この日の、日本チームの初戦のために無理やり(?)2日にローマを発ったのだ。乗り遅れたら洒落にならんと、寝ずにフェウミチーノ国際空港に向かった。こんなにビビって空港向かったのは初めてだ。
ゼネコン主導、ワールド・カップが終わったらどーすんのと馬鹿呼ばわりされている(それは、他の日本のW杯会場も同じか)埼玉スタジアム。なんもないところに作ったと聞いていたが、意外にも都内から地下鉄(南北線)一本で行け非常に便利。ぼくは溜池山王から乗ったが、座っていけたのよね。少なくても、横浜アリーナに(電車で)行くよりは数段便利と思う。地下鉄車両内はみんな日本人。ああ、ホームの試合だなと思う。
16時すぎ、最寄りの駅の浦和美園からちんたら20分は歩く。気候良し。まあ、OK。なるほど、本当に畑の中に作ったのねー、と実感。スタジアム前に着くと、今村健一さんに声をかけられる。これだけの広さや人数のなか、すごい偶然。と思ったら、セキュリティ・チェックの列に並んだらすぐ前に、かつて一緒のサッカー・チームに入っていたBMGビクター勤務の柳田さんが息子さんといる。ありゃ。
観戦予定の埼玉の2試合は、実はプレステージ・パックを買った。その購入顛末については、クロスビート誌のコラムで書く。引き出物が意外に立派。まあ、大枚を取っているのだから、当然と言えば当然だが。観戦席場所は、バックスタンドの最初の通路の後ろの日本のゴール側寄り。まわりはみんなプレステージパックの人達。まあまあの場所。もともと埼玉スタジアムは専用球技場だから、見やすい。
特殊な風情あり。なんか、そわそわ。なんか、嬉しくて嬉しくて。なにより驚いたのは、試合前の君が代を一緒に歌ってしまったこと。もう大声で歌ってしまった。コドモのころ、いらい。でも、生理的に、誇らしかった。ただし、貴方様の世は永遠にって歌うのはさすがに抵抗があって、出だしの部分の“君が代は~”ってとこは“きび団子は~”と変えさせてもらいましたけど。ほえ。最初君が代を教えられたのはフランス人が園長のカトリック系の幼稚園のときだったが、へんな旋律とワケの判らぬ歌詞(あんな歌詞だとは思わなかった)で、なんでこんなの覚えさせるかなーと思った記憶が蘇る。まあ、君が代を歌う=右側よりのロクデナシという見方もあまりに浅薄なものであるとは思うけど。それは、歴史を知らないから言える?TVを見ていた人で、観客がみな日本の国旗を掲げていてすごいと思った人もいたかもしれないが、それは幼稚園や小学生が作ったものがそれぞれの座席に置かれていた。厚紙に赤い色で丸を塗りつぶし、「ニッポン、がんばれ~」とか、裏には一人一人のメッセージが書いてある。とんでもない枚数、用意したんだろうなー。
試合はもうドキドキ。生だと余計に。露骨に応援するチームがないほうがじっくり見れるなあ。イナモト、幻の3点目は比較的近くで見る。うーむ。それよりも、柳沢(人気あるねえ。鈴木のコールは起こらないのに、柳沢コールはしょっちゅう出る)のペナルティ・エリア突破はPK取っても良かったんじゃないかなー。まあ、逆もあったわけだが。とにかく、フラット3は心臓に悪い。2戦目以降の修正、宮本の頑張りにはびっくり。サッカー選手で唯一インタヴューしたことある人なので、それには嬉しかった。オトコを上げたね。生で会うと、想像以上に華奢で小柄。端正な顔に運動選手らしく額にキズ跡あるのもチャーミングでしたね。
帰りは、知人のアドヴァイスに従い、スタジアムの横で1時間時間を潰し、スルリと電車に乗る。みんな、青いレプリカ・ユニフォームを着ている。ぼくはアイリッシュ・カラーのTシャツを着てましたけど。まあ、もともと持っていないのだが。持っていても、そこまで全体主義に染まるのは、イケズと言われようがぼくには抵抗がある(もし、準決勝まで進出するなら、青い上着を来てもいいとは思ったが)。車中、バーボンぐいのみ。誰も白い目で見ないし、ぼくもなんの気兼ねもない。ふーん。たまの非日常。ぼくのなかで、何らかの火が一つ灯された……。
1日(土)
ジョヴァノッティ
おれ、サッカーが嫌いな唯一のイタリア人なんじゃないかな。
イタリア人にしては長身な、おおコイツは子供のときはさぞやサッカーにも夢中になったんじゃないのかと思わせる、ブルーの人懐こい目を持つナイス・ガイは微笑みながらそう言った。
前日から、韓国・日本W杯が始まった。その開会式はイタリアでは時差の関係で12時半から放映された。コイズミは異国で見てもビンボー臭いアホ面だった。その阿呆と同じく息子の教育には失敗したらしいKTはとても不自然な黒髪に見えた。続く、フランスvsセネガルの試合を前半まで見て、買い物に出る。ある服飾店で物色していると、「フランスが負けたよ。よっしゃよっしゃ。まあ、イタリアがNo1 なのは判っていたが」とお店の人が超嬉しそうに英語で話しかけてくる。お店を出ると、クラクションをけたたましく鳴らした車が走り去る。その後もそういう光景に何度か出くわす。対フランス戦での勝利を祝うセネガル人によるハコ乗り暴走車だ。だれも咎めない。もっとセネガル人が多いだろう、フランスではきっと大変な騒ぎになっているに違いない。
ところで、ローマにはタワー・レコードもHMVもない。デカいレコード屋は当然あるがどうやら地元資本のようだ。もちろん、ロンドンではやたら目についたスターバックスも一軒もない。だが、ある意味、その健全さにホっとさせられもする。と、書きたいところだが、マクドナルドだけはあちこちに沢山ある。すぐに、Mマーク見つけられもの。ま、いっか。それは、いつでもトイレを確保できるということであるのだから。関係ないが、楽して痩せようという、電気的効果で贅肉を引き締めますという器具がイタリアでも通販では人気なようだ。TVでよく宣伝していた。
冒頭の男の話に戻る。彼の名前は、ジョヴァノッティ。アイドルと若者のオピニン・リーダー的な存在を兼ね備える、イタリアの超人気ミュージシャンである。もともとDJやテレビのVJなどをやっていて、1988年からレコードを出しているが、イタリアで初めてラップを導入したポップ・ミュージックを始めた人なのだそう。だが、彼をラッパーと言ってしまうと、その本質からは遠ざかるだろう。まず、彼の面白さはその折衷技量にある。そのめくるめく感覚を持つ広がり/重なり具合は妙に魅力的で、彼はそのことを現在アナログな生音をいろいろと用いやっている。そして、そこに今まっぽい自由や、趣味の良さがある。
そんな彼に、スタディオ・フラミニオというサッカー場の楽屋でインタヴュー。夜に、全国ツアー中の彼はそこでコンサートを行う。変哲もないコンクリートで囲まれた部屋を、布や照明機器などでうまく雰囲気のあるスペースに変えてあった。傍らには、ピノキオという彼が飼う犬もいた。親日家で、和気あいあいとしたなか質疑応答を1時間。あまりに期待通りの答えを返してるくる。みんな、こーいう人だと楽だよなあ。彼の現代的な大風呂敷っぽさをぼくはベックなんかとも重ねたくなるが、じっさい共感持てる人の一人がベックであるとか。
4時過ぎにインタヴューを終え、スタジアムの外に出ると熱心な若い女の子たちが炎天下のなか目を輝かせて並んでいる。それもまた、悦び享受のカタチ。
21時、再びサッカー場。まずはウルグアイ(だったよな?)のミュージシャンがギターの弾き語りで前座をこなす。1万5、6千人ぐらい入りそうなサッカー場。バックスタンド側は透明の板で観客席とピッチを仕切っている。ぼくはピッチと観客席を行ったりきたり。なんか、サッカー場にいるというけことだけで、嬉しくなっちゃったなあ。
彼の物販Tシャツには17という背番号が付けられていたりもするが、それはバンドのメンバーの数。ホーンやパーカッションなど、構成員はいろいろ沢山。途中、チンバラーダっぽいことをやったりも。打楽器奏者はブラジル人だろう。彼の最新作『イル・クイント・モンド』では、バイーアでカルリーニョス・ブラウンと協調を行ったりもしている。
歓声は凄い。ただ、思ったほど受け手に若い女性は多くなく、子供づれの家族や、30すぎの男どうしとか、本当に客層は幅広い。ときにかなり左側の態度を取る彼は国民的存在なのだろうなーと思う。それから、ラップ系曲でなく、歌もの曲だとオーディエンスの合唱がすごい。うひょー。
ローマ公演は特別仕立てということだったが、シンガーとラッパーのゲストもあり。とにかく、大掛かりなものが似合う、ステージ映えする伊達男と言うしかない。2時間をはるかに超えるパフォーマンス。感激、いっぱいあったナ。
ところで、サッカー場は公園の一角にあるとはいえ端に位置し、横のほうには立派なアパートらしき建物があったりもする。けっこう遅くにデカい音でやっているのだが、騒音の苦情はこないのだろうか。それはおとといのノラ・ジョーンズ公演のときも思ったことなのだが。……ああ、今回ローマで見たライヴは二つとも野外コンサートだったのだな。なるほど、それもイタリアらしい、ということにしておこう。開放的なのの二乗、ふふふ。
なお、このちょうど1週間後の土曜日には、このサッカー場で末広がりイタリアンどすこいロッカーのズッケロとレニー・クラヴィッツのジョイント・コンサートがあるという。
by eisukesato
| 2002-06-01 00:00
| 音楽
|
Comments(0)
