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映画「ある女優の不在」。映画「ドルフィン・マン ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ」。シルヴィア・ペレス・クルス。ホットハウス・フラワーズ
昼下がり。まず、六本木・キノフィルムズ試写室で、2018年イラン映画を見る。世界的評価のとっても高いイラン人監督であるジャファル・パナヒの新作だが、よくできている。監督と実在の人気スターだそうなペーナズ・ジャファリが本人役で出てきて、2人が謎を追求していく流れでいろんな話や余韻が盛られていく。セミ・ドキュメンタリー風とも言えるか。原題の英語のほうは(エンドロールは、英語とペルシャ語でクレジットが併記される)「3 faces」。それは、世代の異なる3人の女性をストーリーに組み込んでいることから来ているよう。脚本はもちろん、監督当人が書いている。
映像は出演者のアップ多用、一方で2人が乗る車(三菱パジェロでした)の動きは運転席からの画面や自動車の音で表現するなど、とっても癖あり。また、ラジオから音楽が流れるシーンがわずかにあるのと、最後のシーンからエンドロールに移る箇所には音楽が挿入されるが、音楽なしの映画と言っていいだろう。すごいね、自分の映像にとても自信を持っている。
ペルシャ語とともにトルコ語が用いられ、イランの地方にはトルコ語が使われるところがあるのを知る。地方のイランの人たちって、見知らぬ人にもとっても丁寧な挨拶をし、紅茶や果物をふるまうのも伝えられる。
自分役で出てくるジャファル・パナヒはイランの実情を伝えた作品を作るため、政府からは反体制と見なされ、2度投獄もされ、2010年以降は映画を撮ることも禁じられてしまったそう。その後、少し状況が変わったのか、これを含めて4作撮っているようだが、国外に出ることはいまだ許されていないようだ。
パナヒは2008年ベルリン映画祭グランプリ作に輝いた「オフサイド・ガール」を2006年に作っているが、それは女性のスポーツ観戦が許されないイランの状況からヒントを得た、サッカー観戦をなんとかしようとする少女を主人公に据えた作品だった。ぐうぜん、今日の新聞にはイランのテヘランでのW杯予選で女性のサッカー観戦が認められたことが報じられていた。彼の境遇も、もっともっと変わりますように。
次は、京橋・テアトル試写室で、映画「グラン・ブルー」のモデルにもなった大御所フリーダイバーのジャック・マイヨール(1927年〜2001年)を題材に置くドキュメンタリー映画(ギリシャ/フランス/日本/カナダ)を見る。監督は、英国の学校で映画作りを学んだ1969年生まれギリシャ人のレフトリス・ハリートリス。これはドキュメンタリー畑を歩んできた彼にとって、初の長編作品になるという。
ぼくはマイヨールやフリーダイビングにも、リュック・ベンソンにも興味を持ったことがない人間である。ゆえに、「グラン・ブルー」も見たことはないんだよなあ。まあ、だから冷静に見れたということはあるはずだが、マイヨールの豪快なんだか繊細なんだか判別のつかないいっぷう変わった人生(最後は自死しちゃう)を伝えるとともに、フリーダイビングや海の妙も伝えるものになっていると指摘できよう。そして、イルカ好きはニッコリかな。
いろいろな掘り起こし映像とともに、彼ゆかりの人々がいろいろ出てきてコメントを出している。娘や息子も出てくる。そして、日本ともいろいろ関わりを持った人物ゆえ、日本の友人たちも出てきてフィーチャーされる。日本ロケは最後にやったが、それで映画の方向ずけが定まったという、監督発言が資料には載せられている。
「偉大な人だと思って撮り始めたら、途中で嫌いという一面も出てきて、嫌いな人の作品を作るわけにもいかないので困ったなと思った」という監督のコメントには笑った。ダーク・サイドも持っていたことも、確かに伝えられている。だが、それを超える素敵をマイヨールが抱えていたということも……。
その後は、南青山・ブルーノートで、昨日に続きシルビア・ベレス・クルス(2018年5月11日、2019年10月10日)とマルコ・メスキーダ(2019年10月10日)のデュオを見る。ファースト・ショウ。基本は昨日と同様のものであったが、やはり音楽は生き物、いろいろ目新しく感じるところはあり。まず、この日のほうがよりくつろいでいる部分があったような気がした。ほんの少し声が枯れたかと思わなくもないところもあったが、声も今日のショウのほうが出ていたんじゃないかな。
また、「マイ・ファニー・ヴェレンタイン」はこの日はやらず。昨日はイントロではメスキーダがグランド・ピアノ、ペレス・クルスがアップライトを一緒に弾く箇所があったが、今回はその2人のピアノ演奏部分が長く、そのままインストにしちゃうのかなと思えたりもした。どっちかを選べと言ったら、今日を選ぶ。2度目だと新鮮味が薄れてしまうときもあるが、行き方を把握したうえで接した2回目のほうがどきどき興味深く接することができた。
▶︎過去の、シルビア・ペレス・クルス
https://43142.diarynote.jp/201805121754429711/
https://43142.diarynote.jp/201910131402485845/
▶︎過去の、マルコ・メスキーダ
https://43142.diarynote.jp/201910131402485845/
そして、最後は渋谷・クラブクアトロで、リアム・オメンリー(1999年9月23日、2000年10月3日、2001年7月28日、2009年5月20日、2011年12月6日、2011年12月7日、2011年12月10日、2011年12月12日、2014年12月4日、2014年12月6日)率いるホットハウス・フラワーズを見る。20時開始なので1ショウなのかと思っていたら、しっかり2ショウだった。ゆったり悠々、出し惜しみしません。
昨年と違いドラムレス編成だが、フィオクナ・オ・ブラニアンとピーター・オトゥール、ギターを持つ2人はオリジナル・メンバーだ。すんげえ付き合いを持つからこその気持ちの良い重なり方は、厚みあるコーラスをはじめ随所に顕れるし、終わり方や始まり方にも阿吽の呼吸がある。曲の長さも、自由自在という感じ。グランド・ピアノを弾きながら歌うリアムは変わらず仙人、求道者ふう。ゲール語でも一部歌う彼はなんか何を歌っても掛け替えのない表現になると思わせる訴求力あり。それは、一部の選ばれた音楽家だけが持つ特権だ。スピリチュアルさだけでは片付けたくない、圧倒的な、超越した歌心に、これは酔うしかない。森羅万象とか、不用意に抽象的な単語も使いたくなっちゃうな。ペレス・クルスとオメンリー、今晩は圧倒的な歌心の公演の二乗とも言うべきもので、オレって幸せだなとふと思う。
しかし、いいファンが(ずっと)付いていると思わずにはいられず。1曲目からオメンリーは観客に詠唱を求めるが、最初からそれなりのヴォリュームの歌を返すもの。そういえば、10月10日のペレス・クルスも最後の曲は皆んなに日本語歌詞を歌うことを求めたものの形にならず。今日の彼女は、観客に歌うことを求めず←でもうれしそうで、慈愛に満ちていた。彼女も来日を積んで、もっともっと親身に接する聞き手を獲得しますように。
▶過去の、リアム・オメンリー
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/september1999live.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-10.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-7.htm(フジ・ロック28日、ホット・ハウス・フラワーズ)
http://43142.diarynote.jp/?month=200905
http://43142.diarynote.jp/201112171632304826/
http://43142.diarynote.jp/201112171633334584/
http://43142.diarynote.jp/?day=20111210
http://43142.diarynote.jp/201112191500441741/
http://43142.diarynote.jp/201412151250144917/
http://43142.diarynote.jp/201412221527313725/
https://43142.diarynote.jp/201808012004309687/ ホット・ハウス・フラワーズ
<今日の、時々刻々>
夜中まで飲んでいてもだいたい8時ぐらいまでには起床するぼくだが、なぜか6時過ぎに目がさめてしまう。今日やらなければならないのは、ミュージック・マガジン誌のアルバム30選リストを正午までに出すこと。早く起きたおかげで10時にはやりかけのものが完成してしまった。明日は激強い台風が関東直撃とかで、お昼近くから鉄道は止まり、朝霧ジャムやアイ・アム・オーク(2018年9月29日)などの公演群もみな中止になることが報じられている。今日は日が暮れるまでは机に向かう予定であったが、台風のために2日間家に缶詰になるのかと思ったら、今日やらなきゃならない最低限の仕事はすませたし、まだ雨も降っていないということもあり、昼間から気ままに外出することにする。でも、天候急変に備え、濡れてもいい雑な格好with大きめのハンド・タオル、そして釣具屋でいつだか買ったカラフルな長靴着用で出かけた。
11時45分。家を出るさいは、曇り空ではあるが降雨なし。田園都市線/半蔵門線→大江戸線。そして、12時半から最初の試写。少し、空き気味。試写室を出ると、降雨あり。おお、台風の気配をほのかに感じる。少し時間調整で向かいのミッドタウンを覗き、日比谷線→銀座線。そして、15時半からの試写。そしたら、こちらの試写室はほぼフル。終わって出ると、雨は先ほどより小降り。時間調整とこの時間に銀座線に乗りたくないので(https://43142.diarynote.jp/201903201545383725/、参照)で地下街を東京駅に向かい散策。そこでご飯を食べたが、お店の選択すこし誤る。そのまま、さらに10分歩き大手町駅から千代田線で表参道に向かった。ここから、会場に向かう際が一番雨が降っていたか。風はなし。最初のライヴを見る。実は、夕方ひとつ用事が入っていたのだが、それがとんで、2夜連続で才豊かなスペイン人を見ることができた。前の席にはミュージシャンもしている同業のTKさんが。彼としばし台風話。横浜の高台在住の彼の家は9月上旬の台風で屋根が少し剥がれたりもし、自分の家の修繕は完了しているものの、眼下には修理が追いつかずまだブルーシートで覆った家がいくつも見えるという。その後は、渋谷に向かわん。タクシーが店の前に止まっていなかったのと、来たときより雨が弱まっているので、表参道駅まで歩き田園都市線(銀座線ではなくこちらを使った方が、降りてから会場に楽に行ける)で一駅。雨も風も気にならず。そして、二つ目のライヴを堪能し屋外に出てら、まだ平穏。すると、これはちょいお店に寄って行こうかとなっちゃう。結局、ぼくが起きている間は、本当に強大な台風が来るのかという感じだった。それは、あちこちにいた外国人観光客も同じであったろう。
和田誠さんがお亡くなりになった。イラストレーションだけなく映画や著作でも知られる氏だが、本嫌いのぼくはそらら書物群には親しんでおらず、トライセトプスのリーダーのお父さんという印象の方が強い? ということはないかもしれないが、ぼくは和田さんが飲み屋ですらすら描いたもの(よくそういうことをなさっていたのかな?)のコピーを持っている。1990年代中ばぐらいだったか、なんかの打ち上げで一緒になったことがあり、氏が長テーブルを挟んで向かい側に座っている人たちの絵を描いた。ぼくはそのなかの1人で、ぼくの3人隣に座っていたのは山下達郎さんだった。
▶︎過去の、アイ・アム・オーク
https://43142.diarynote.jp/201809300634456583/
