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佐藤英輔のライヴ三昧 Diary noteから引っ越し中


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 セカンド作『Beatin’』発表をフォロウする実演で、赤レンガ倉庫・モーションブルー・ヨコハマ。ファースト・ショウ。

 アルト・サックスの横田寛之、電気ベースのサトウヒロ、ドラムの島野和樹が、エスニック・マイノリティの構成員。横田はコントラバス・クラリネットを冒頭でエフェクト込みで吹きそれをループさせるなんてこともし、またソプラノ・サックスも1曲で吹いた。サトウはウッド・ベースを弾いた曲もある。編成は小さいものの、搬入した楽器の量は多かったんだったんだろうな。

 それほどは凝らないプリセット音を下敷きに、トリオ音を重ねる。1ホーンのジャズ・トリオ単位の音に、いかに電気/ダンス・スタッフを重ねるかということにあたっているとも、それらは基本説明できるだろう。ぼくはオーネット・コールマン(2006年3月27日)らリアルカっとび派から得たネタを彼らなりの今様感性で押し出すグループという印象を持っていたが、初めて接した実演は、客に手拍子をうながしたり、MCが長かったり、烏合の衆的コーラスを3人でとるな曲もあるなど、もっと愛想よく受け手に大きく両手を広げたものだった。それは一時熱心にストリート・ライヴをやっていた横田たちが長年活動を維持していくうえで得たグループ姿勢であるのだろう。新作の1曲目に入っていると紹介されたものは、曲だけをとればT-スクエアがやっていると聞いても頷けるものだった。

 最後の曲は、プリセット音抜きの3人で、サトウはエレクトリック・スタンダップ・ベースを演奏。そして、演奏したのはザ・ミーターズの「シシィ・ストラト」。大げさに言えば、“プライムタイム”・ヴァージョンてなノリで、彼らはその有名ファンク曲を演奏した。やっぱり、随所からツっぱった気概のようなものは見えたかな。

▶︎過去の、オーネット・コールマン
http://43142.diarynote.jp/200603281335030000/
▶︎過去の、ザ・ミーターズ派生ライヴ
http://43142.diarynote.jp/?day=20090725
http://43142.diarynote.jp/201301311053069360/
http://43142.diarynote.jp/201401181209502731/
http://43142.diarynote.jp/201410301514399746/
http://43142.diarynote.jp/201505111009314451/

<4年前の、ちょっといい話>
 以下は、2014年にマーク・リーボウ(2001年1月19日、2008年8月3日、2008年12月14日、2009年12月13日、2010年12月12日、2011年8月4日、2014年7月28日、2017年5月18日)らと来日した際に、ジャマラディーン・タクーマ(2014年7月28日)に取ったインタヴューである。その抜粋は、ジャズ・ジャパン誌に出した。彼はその来日の際、渋谷で路上演奏していた横田を見て、一緒にレコーディングすることを申し出た。録音終了後、ジャマラディーンはちゃんとギャラも支払ったという。残念ながら、まだその際のブツは世に出ていないと思う。
▶過去の、マーク・リーボウ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-1.htm
http://43142.diarynote.jp/200808090220110000/
http://43142.diarynote.jp/200812281440093394/
http://43142.diarynote.jp/201001051622194305/
http://43142.diarynote.jp/201012131714372906/
http://43142.diarynote.jp/201108101630438805/
http://43142.diarynote.jp/201408051026553769/
http://43142.diarynote.jp/201705191100017980/
▶︎過去の、ジャマラディーン・タクーマ
http://43142.diarynote.jp/201408051026553769/

——今、髭をのばしているんですね。なんか、若いソニー・ロリンズといった感じです(笑い)。
「そっか、じゃあずっと伸ばそうかな」
——スタインバーガーのベースはやめちゃったんですね?
「家にはあるよ。やめたわけはないんだ、僕を語るような楽器でもあるしね。でも、もう古くなっているし、あまり外に持って出たくない」
——普段は、フェンダーの赤いやつを弾いているのですか?
「海外に自分の楽器を持って行くのは好きじゃなく、現地で(フェンダーの)ジャズ・ベースを用意してもらうことが多い。今回のツアーはちゃんと自分の楽器を持ってきたけどね」
——最初の楽器がベースなんでしたっけ? そして、その後ずっと弾いているんですか?
「ああ、そうだよ。他の楽器はやらない。だから、曲作りもベースでやっているよ」
——まさに、生まれついてのベーシストですね。(頷くのをの見て)では、生まれ変わってもベーシストになりますか。
「それはどうかなー。次はパラダイスの住人で、ゆっくり暮らしたいかも。好きな事をやりたいというのは、変わらないけどね」
——ぼくはあなたの活動を見て来て、かなりパラダイスの住人であると思えますけどね。
「いやあ、それは違うんじゃないかな。音楽はつまらないビジネス事が多すぎる。やっぱり、音楽業界はパラダイスではないよ。どっちかというと、地獄のほうに近いんじゃない、ハハハハ」
——あなたの人生において、オーネット・コールマンと出会ったことは一番大きな出来事であるのでしょうか?
「うんうんうん。僕はその頃、チャールズ・アーランドのグループにいた。タイム感が悪いという理由でクビになったんだけど、本当の所は奇抜なものを身につけていたのが気に入らなかったみたいだ。でも、クビになった1週間後に、マイルス・デイヴィスのグループにいたレジー・ルーカスとジェイムズ・エムトゥーメイから電話があり、オーネット・コールマンとやるかと打診された。すぐに、ハイと返事をしたよね。そこから、始まったわけだな」
——そのときは、まだ10代でしたよね。
「18歳だった。ちょうど、40年前だよねえ」
——それで、オーネットの新編成によるハーモロディック・ファンクのお披露目盤『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』の1976年録音セッションにも加わったわけですか。
「2週間ヨーロッパに行く予定が6ヶ月になって、あれはパリで録音したんだよねえ。昔は、スケージュールが鷹揚だったなあ」
——あなたお洒落な音楽家として知られますが、そのころから衣服には気を配っていたわけすね。
「もちろん! 昔からファッションには興味があった。フィラデルフィアにアポロ劇場みたいな会場があって、そこにはザ・テンプテーションズとかが出ていたんだが、彼らのショウを見て、感激するとともに、イケてる格好から秀でた音楽は生まれると思ったんだよ。で、僕はそれを実践してきているわけさ」
——あなたがローティーンの頃って、フィラデルフィア・ソウルが盛り上がってきた時期ですよね。
「そのとおり。それで、今日のショウでは、ザ・スタイリスティックス、ザ・インタルーダーズ、ギャンブル&ハフら、その手の曲をいろいろやるよ」
——たまたま、オーネットと繋がりが持ててジャズのほうで名前が知られるわけだけど、ギャンブル&ハフに可愛がられていたら、よりソウル側の道に進んだということはあります?
「なんとも言えないね。モータウンもそうだったが、ギャンブル&ハフのトラックは共通するリズム・セクションが引き受けていて、僕が入り込む余地はなかったと思う。まあ、しいて言えば、僕は曲作りとかで関われたかもしれないね」
——あなたは現場叩き上げの人で、音楽教育を受けたということはないんですよね。
「ちょいクラスは取ったことはあった。でも、独学で来ていると、言える。実は高校を出るときにバークリーから奨学金をもらえる話があったけど、僕はそれを蹴った。だって、学校で学ぶよりもツアーに出て、実践で学んだほうがいいと思っていたから。今、生徒に教えてもいるが、学校で覚える事にも有意義なものはあるけど、それは音楽の一部でしかなく、実際に現場に出なければ得られない事が沢山ある、と言っている」
——オーネットのグループに入って、あなたはすぐに彼の求めるハーモロディック表現に対応することができたのでしょうか。『ダンシグ・イン・ユア・ヘッド』を聞くと、もう人間基準法違反のベースを堂々と弾いていますが。
「けっこう早いうちから、電車の車両と車両が連結するみたいな感じでフィットすることができた。何も考えることなく自然に入って行けて、作為をめぐらすという必要性もなかったな。僕のやりことをそのままやったらハマったという感じで、だから12年間も彼の所にいたし、今もちゃんと付き合いがある」
——オーネットも参加した、あなたの2010年作『フォー・ザ・ラヴ・オブ・オーネット』はどういう内容にしようと思ったのでしょう?
「オーネットの音楽って、彼がバンドの前に立つというのではなく、バンドの中に入って全ての楽器が平等であるというやり方から生まれる。どの楽器も同じ重要性を持ち、音楽と向き合っていくわけだね。それが僕はすごく好きで、あのアルバムを作るときもそうあればと思ったし、オーネットにも自由にやってもらったんだ」
——あのアルバムは、あなたたちアメリカ人だけでなく、日本人、英国人、オーストリア人と、複数の国籍の奏者が入っていました。そんな妙なスケール感もあなたの音楽の魅力ですが、あなたは『Music World』(Gramavision、1986年)という各国の人と絡んだアルバムも作っていますし、いろんな国籍の人とやりたいという意図はあったんですよね?
「その通り。僕にとって音楽は平等なもので、どんな属性を持つ人とも分かち合えるものだし、国境を軽く超えてしまうものだ。だから、僕はいろんな国の人とやることを常に考えている。あの録音の際も、いろんな国の僕の知り合いを集めて一緒にやるチャンスだと思った。参加者はそれぞれの文化を持ち寄ってきたが、それが僕にとっては自然なことだった」
——そういえば、昨日は日本人とスタジオに入ってレコーディングしたようですが。
「(声量が倍になって)ワ〜ウ、そうなんだよ! 東京に着いた最初の夜、渋谷で食事をしたあと街頭をふらついたら、イカしたストリート演奏が聞こえてきたんだ。エレクトロニク・スタッフを下敷きにサックスを吹いていたんだけど、これがクールでさあ。それで、販売していたCDを買って、“僕はジャマラディーン・タクーマです”と、自己紹介した。エスニック・マイノリティというバンドをやっているというヨコタは、オーネット・コールマンのフレーズをティリリリ〜ィティリリリ〜イと吹きだしたりもした。僕は(フジ・ロック・フェスティヴァルや名古屋公演の後に)また東京に戻ってくるけど、そのとき一緒にレコーディングしようと、彼に申し出た。そして、昨日スタジオに入ったんだけど、それは“ジャマラディーッン・タクーマ・フィーチャリング・エスニック・マイノリティ”として絶対出すよ。彼らは本当に才能あるミュージシャンだった!」
——今もインストをやる場合は、オーネットのハーモロディック理論を用いていると考えていいのでしょうか?
「場合によるよね。曲によりいろんな影響をまぜてやっているから。昨日レコーディグした若い3人はそのオーネットの感覚を良く分っていて、パッと演奏してもすぐにフィーリングが合った」
——あなたはR&B調のアルバムを作ったり、ザ・ルーツと一緒のCDも作っていますが、やはりできるだけ幅広いことをやりたいと思っています?
「うん、いろんなことをジャンルにとらわれずにやっていきたいと思っている。今は音楽が多様化していてそういうことをやってもなんの問題もなくなってきているが、1980年代は、アルバムにいろんな要素が入りすぎていてレコード屋でどこに置いたらいいか分らないとか言われたよね。今は自分のレーベルから出せるから、なんの問題ない」
——でも、いろんな要素が入っていたからこそ、ぼくはグラマヴィジョンからアルバムを出し始めたときに、あなたこそが今後の米国黒人音楽をしょって立つと思ってやみませんでした。
「実は、僕もそう思っていた(笑い)。あの時代は、サンプリングのはしりみいたいなもの取り入れてもいたよね。そして、エスニック・マイノリティにもかつての僕が持っていたような可能性を感じているんだ」
——1984年に取材した時に、5人子供がいると言っていたと思うんだけど。
「10人、子供がいるよ」
——わあ。では、奥さんは何人(笑い)?
「その答えは社会問題になるかもしれないので、答えません(笑い)」
——子供たちで、音楽の道に進んだ人はいますか。
「いない。僕は音楽を押し付けることはなかったし、それにやっぱり音楽業界は大変だしね。女性だとどう見せるかということがまず求められたり、コネ社会だからごますりも必要となってくる。でも、僕はそんなルールに従わず、自分のやりことをやるし、演奏する相手が有名かどうかなんて関係ない」
——今後は、どんなふうに活動していきたいと考えています?
「まずは、エスニック・マイノリティをなんとかしたい。僕が18歳のときにオーネットに呼ばれたように、僕はヨコタがサックスを吹いているのを見て、彼とやる必然性を感じてしまった。かつてオーネットは出会った若いミュージシャンをどんどんバンドに入れていたけど、今になって、彼の気持ちが良くわかるんだ。だから、今後の展望としては、才ある若手をもっと育てること、さらにいろんなジャンルにいる人と一緒にやること、それから今持っている自分のレーベルの活動を充実させることを求めたいね。あと、僕は洋服が好きだから、それをもっと楽しみたい。今のミュージシャンは本当にファッションに気を遣わないので、若いミュージシャンに僕の服を与える事もやっている」
——服はどこで見つけたり、買ったりしているんですか。
「古着屋さん、どこに行ってもフリー・マケットには顔を出す。それから、ネットで探したたりもするよ」
▶過去の、ザ・ルーツ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-12.htm
http://43142.diarynote.jp/?day=20040919
http://43142.diarynote.jp/200701201415300000/
http://43142.diarynote.jp/201312200917503345/


by eisukesato | 2018-06-21 11:07 | 音楽