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映画『メイクアップ・アーティスト:ケヴィン・オークイン・ストーリー』。フィッシュボーン、東京スカパラダイスオーケストラ
まず、渋谷・映画美学校試写室で2017年米国映画『メイクアップ・アーティスト:ケヴィン・オークイン・ストーリー』(原題:Larger Than Life: The Kevyn Aucoin Story)を見る。その邦題に示されるように、一世を風靡した天才メイク・アップ・アーティストであるケヴィン・オークイン(1962年 2月14日〜2002年5月7日) の長いとは言えない人生とその見事な功績を伝えるドキュメンタリー映画だ。
ルイジアナ州生まれ(そのシュリーヴポートは、ザ・レジデンツ〜2017年3月23日〜のオリジナル・メンバーたちの出身高校があったことで知られる)、育ち。生まれてすぐに養子に出され(他の妹弟も同様だ)、子供のころからゲイであり、運動よりもお化粧や絵に興味を持ち彼は成長した。里親はフランス系、親や妹弟間の関係は良かったよう。だが、南部でゲイは生きづらく、彼は二十歳ちょいで新たな環境を求めニューヨークに向かい、1年もたたない間にヴォーグ誌の仕事を取るなどし、数年の間に見事な成功を手にする。本当にその独自の閃きあるメイクアップ手腕は一躍業界を席巻し、彼は先端のメイク流儀をリードしまくったことは映画で鮮やかに示される。一切メイクに興味のなかった〜そりゃ、対する女性が化粧が下手よりは上手な方がいいですよ。あまりしなくても魅力的だったらそれはそれで素敵だが〜ぼくでも、彼のメイクをまとめた大判の本が3冊出ているようで、そのどれかでいいので1冊ほしくなった。
その境遇と不世出な才能のあり様を知ると、そりゃドキュメンタリー映画が作られて当然のことと思えるし、興味深い仕上がりにならないはずがない。オークインが個人的に撮っていた映像やまとめ図版をはじめいろんなブツを掘り起こしたなと思わせられるマテリアルに加え、血縁者からゲイのお友達や結婚相手、同業/関係者やケイト・モス、ナオミ・キャンベル、ブルック・シールズ、イザベラ・ロッセリーニ、シェールらスーパー・モデルや女優たちへの取材映像までいろいろ出てくる。音楽関連の仕事もいろいろやったようで、たとえばジャケット・ジャクソンの大ヒット作『ジャネット』(ヴァージン、1993年)のカヴァーは彼が関与。シンガー・ソングライターのトーリ・エイモスの取材映像も出てくるが、故人と付き合いのあった彼女はその死を受けて「タクシー・ライド」という曲を書き、『Scarlet's Walk』(Epic,2002年) に収めた。
少しネタバレになるが、最後にオークインのことを語る証言者たちが思わず涙してしまうカット(話はなし)を短く重ねるあたりは技あり。監督は、女性のティファニー・バルトーク。彼女は女優やメイクをしてから映画を作るほうに進んだようだが、冒頭とエンドロールのデザインもポップでいい感じだ。あまり有名な人ではないと思うが、取材対象に入り込むものも撮っていて腕があると思う。レ・リタ・ミツコ、スクリッティ・ポリッティ(2006年8月12日、2017年11月5日)他、1983年にニューヨークに出てきてからの部分ではニュー・ウェイヴ調のあり曲が使われ、それはなんか合っている。
当然、彼の性癖や人間性もよく示される。こと仕事に関しては、間違いなく完全主義者。ぼくは音楽家の場合、60の努力で95の仕事をする人が好きなのだが(自分もそう心がけているところはあるか)、オークインの場合は100以上の時間や手間をかけて100かそれを超える結果を出していた人であったのだなと、この映画を見て強く感じた。切ない部分も山ほどあるが、美やあちらのファッション誌やモデルに興味のある人なら、この映画を見て損はない。10月7日以降、公開される。
▶︎過去の、ザ・レジデンツ
https://43142.diarynote.jp/201703271648275615/
▶︎過去の、スクリッティ・ポリッティ
http://43142.diarynote.jp/200608141735120000/
https://43142.diarynote.jp/201711061122275253/
その後、恵比寿ガーデンホールで、フィッシュボーン(2000年7月28日、2007年4月5日、2007年4月6日、2009年11月25日、2010年7月31日、2011年8月8日、2013年6月3日)の公演を見る。サマーソニックでやってきた彼らの、別東京公演だ。
オープニング・アクトは、東京スカパラダイスオーケストラ(2002年7月7日、2003年10月10日、2009年5月30日、2009年9月5日)。MCによれば、1989年にフィッシュボーンの前座をしたことがあったそう。というのはともかく、華のあるスーツで固めた面々、元気にステージ上を動き回る。意外と思えたのは、前よりも一揆のりというか、何気にコドモっぽいとも書きたくなる感じでショウを進めていたこと。あのフィッシュボーンのために事前に場を盛り上げなきゃという侠気からそうなったと思うことにした。トロンボーンの北原雅彦(2004年12月12日)はスーザフォンを手にする場面もあり。へえ、マッドネスの「ワン・ステップ・ビヨンド」の一節を演奏したり、バート・バカラック(2012年9月8日)の「ザ・ルック・オブ・ラヴ」をフルで演奏もした。そして、なんとラスト2の曲で、アンジェロが颯爽と登場。解放感とともに弾む曲を歌うが。それはスカパラダイスの曲だよな。とにかく、アンジェロの歌はいい声といい味あり。と、猛烈に感動する。
そして休憩を挟んで、フィフィフィ、フィッシュボーン! 今回の組み合わせのようにフィッシュボーンというとスカと思う人もいると思うが、ぼくにとってはブラック・ロックの最高峰であり、究極のミクスチャーとなる。その熱の入れようはスライ・ストーン(2008年8月31日、2008年9月2日、2010年1月20日)愛好から来ていると言えそうな部分もあるかもしれないが、よりリアルタイム、ガチで出会ったためにぼくにとっては衝撃が大きかった。
赤い色のスタイリッシュな衣装を着たアンジェロ他、ステージに出てきたのは6人。リード・ヴォーカルを取りながら各種サックスを吹く(けっこうバリトンも吹いたな。あと、テルミンもよりうまくなった。正確にスクラッチ音みたいなのを出していたものなあ)アンジェロ、同じくオリジナル・メンバーのベースのノーウッド・フィッシャーとトランペットのウォルター・キルビーⅡ、さらにキーボード、ギター、ドラムという基本編成とも言えそうな体制にて演奏する。今回、サックスとトランペットの絡みが活発になり、ギター奏者以外はみんな歌い濃さを増し、というのは嬉しいポイント。でもって、キーボード奏者がころころ楽器を回しながら気の利いた音を出している。そのキーボード扱いの様は1993年に脱退したクリストファー・ダウドのごとしなんだが、髭が黒々とした当人は少し若めのような。かつダウドはトロンボーンも吹き、吹き終えるとステージ横のスタッフにポーンと投げたりしていたんだよな(←それに接し、観客は沸く)と思っていたら、終盤に彼はトロンボーンを吹いては袖のスタッフに投げというのを繰り返す。そんな酔狂なことをするのはクリス・ダウドしかいないと、オリジナル・メンバー認定をぼくはした。一時は2人まで減ったが、今は4人まで増えたかー。イエイ。
そんなこんなで、どこかブラック濃度を増している部分はあったとも感じた。ダウドのキーボードのコード抑えがどこかゴスペル色を持つと思えた部分もあった。そして、一部の曲調やアンジェロの身のこなしはキャブ・キャロウェイに代表される1940年代の黒人大衆音楽のもやもやを透けさせるといころもしかとあるんだよなー。なぞと書いているが、実は3曲目でメロディアスさとパッションを併せ持つ1991年ポジティヴ名曲「エヴリデイ・サンシャイン」が飛び出したあたりで、ぼくの頭は真っ白になった。さすが会場前方(わちゃくちゃになっていたのかな?)には行っていないけど、余裕のある後方でガンガン享受。わーーーーーい。
▶︎過去の、アンジェロ/フィッシュボーン
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-7.htm フジ・ロック
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-10.htm
http://43142.diarynote.jp/200704112101130000/ 豪バイロン・ベイ
http://43142.diarynote.jp/200806121400260000/ 豪ベイロン・ベイ
http://43142.diarynote.jp/200911281704335025/ アンジェロ単独
http://43142.diarynote.jp/?day=20100731 フジ・ロック
http://43142.diarynote.jp/201108101638376353/
http://43142.diarynote.jp/201306060729285922/
http://43142.diarynote.jp/200911281704335025/
http://43142.diarynote.jp/201108101638376353/
http://43142.diarynote.jp/201306060729285922/
https://43142.diarynote.jp/202111022146131129/
▶過去の、東京スカパラダイスオーケストラ
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-7.htm
http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-10.htm
http://43142.diarynote.jp/?day=20090530
http://43142.diarynote.jp/200909120648439512/
▶︎過去の、北原雅彦
https://43142.diarynote.jp/200412212058580000/
▶︎過去の、バート・バカラック
https://43142.diarynote.jp/201209191209186663/
▶過去の、スライ・ストーン
http://43142.diarynote.jp/200809011923060000/
http://43142.diarynote.jp/200809071428140000/
http://43142.diarynote.jp/201001211346277187/
http://43142.diarynote.jp/201505201630381899/ 映画「SLY STONE スライ・ストーン」
<今日の、覚醒>
ショウに触れながら、いろいろなことを思い出した。LAのクレンショウ地区の高校を出たフィッシュボーンがCBSコロムビアからセルフ・タイトルのミニ・アルバムでデビューしたのが1985年。その際の日本のソニーの担当者は、そのだいぶ後に別部署へ移り、Jリーグが開幕した際には各チームのテーマ・ソングをそれぞれCDシングルで出したよな。というのはともかく、そのデビュー作のサンプル・テープをまず聞き、こりゃどーにもこーにも天変地異の傑物バンドとぼくはやられた。当時、ぼくは会社員編集者をしていたが一発でぶっ飛び、彼らこそは現存するバンドで唯一の絶対服従の存在であるとあっさり認定した。翌年の来日公演のアクティグ&アトラクティヴの二乗のライヴ・パフォーマンスで余計にぼくはよけいに平伏。もう、心意気の出かたが常軌を逸する。ココロで、泣いた。そして、基本〜怠惰になり前よりも追わなくなっているが〜それは今も変わらない。最初にアンジェロにインタヴューしたのは1990年アタマにロサンゼルスだったなあ。その際に同地で見た彼らのライヴのお客は皆白人だった。それについて、同胞にも支持されたいアンジェロはかなりストレスを溜めていた。『ザ・リアリティ・オブ・マイ・サラウンディングス』(コロムビア、1991年)、『Chim Chim's Bad Ass Revenge』(ラウディ、1996年)、『スティル・スタック・イン・ユア・フェイス』(Ter A Terre、2006年)は日本盤のライナーノーツも書いた。また、1997年にはクリストファー・ダウドによるシーディ・アーケストラ名義のアンプ・フィドラーやドン・バイロンやジェフ・バックリーらいろんな逸材が入った『パズル』(アスター・プレイス)というアルバムの解説も書き、冥利に尽きた。でもって、『トゥルース&ソウル』(コロムビア、1988年)収録のインスト部充実の「ボーニン・イン・ボーンヤード」(今聞くと、曲調は一時のプリンスをちょい思わせる? この晩も披露しました)は、ぼくが1995年に4社から出したパンク・ジャズのコンピレーションのソニー編『フリー・ファンク・オン・ソニー』にジェイムズ・ブラッド・ウルマーやアーサー・ブライスや菊地雅章らのなかに無理やり混ぜた。それ、とても達成感があった。あ、面々の2011年公演は、毎日新聞のライヴ評をゴリ押し(?)したな。アンジェロの2013年インタヴュー記事はソトコト誌に載せてもらったこともあった。……フッシュボーンの愛好歴は自ら稼ぐようになって〜社会人になっからの青春の集積だァ、なんていうふうにも言いたくなるワタクシであります。あら、もうひとつ記憶のページがめくり直された。スカパラのオフィシャルのカメラマンをやっていたのが、仁礼博さん。確か、今日アンジェロが東京スカパラダイスのステージに飛び入りして歌った曲のクリップはメキシコとかの海外ツアーを編集したものの映像が使われていて、そこには同行していた仁礼さんも映っていたんじゃないか。1990年台中期にJ.C.ロッジのジャマイカ取材に行ったとき当時NYにも住居を持っていた仁礼さんがそこから飛んできてキングストンで合流し、一緒にリゾート地のオーチョ・リオス(だったよな? ネグリルじゃないよな?)に行った。ぼくと同い年の仁礼さんは、当時NYと行き来しやすいように水天宮に住んでいた。その後、ソニーが再興した新生オーケイ・レーベル全般の取材のため(A&Rのマイケル・キャプラン〜ソニー・ミュージックのオフィイスは立派だった、G・ラヴ、アンダース・オズボーンら所属アーティストにインタヴューした)ニューヨークに行った際も仕事が被った。彼は、一時は青山ビクター・スタジオの近くにお店を出したこともあったっけ。今は地方に拠点を移したと聞いているが、お元気なことと思う。
