
佐藤英輔のライヴ三昧 Diary noteから引っ越し中
by eisukesato
検索
最新の記事
| ガブリエル・カヴァッサ 2.. |
| at 2025-12-12 20:30 |
| 三宅純の広告音楽。AFRO .. |
| at 2025-12-10 19:30 |
| 映画『トーキョー・メロディ .. |
| at 2025-12-09 12:30 |
| 青木冨貴子『ジョン・レノン .. |
| at 2025-12-08 18:15 |
| モントルー・ジャズ・フェステ.. |
| at 2025-12-07 15:30 |
以前の記事
2025年 12月2025年 11月
2025年 10月
2025年 09月
2025年 08月
2025年 07月
2025年 06月
2025年 05月
2025年 04月
2025年 03月
2025年 02月
2025年 01月
2024年 12月
2024年 11月
2024年 10月
2024年 09月
2024年 08月
2024年 07月
2024年 06月
2024年 05月
2024年 04月
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2004年 09月
2004年 08月
2004年 07月
2004年 06月
2004年 05月
2004年 04月
2004年 03月
2004年 02月
2004年 01月
2003年 12月
2003年 11月
2003年 10月
2003年 09月
2003年 08月
2003年 07月
2003年 06月
2003年 05月
2003年 04月
2003年 03月
2003年 02月
2003年 01月
2002年 12月
2002年 11月
2002年 10月
2002年 09月
2002年 08月
2002年 07月
2002年 06月
2002年 05月
2002年 04月
2002年 03月
2002年 02月
2002年 01月
2001年 12月
2001年 11月
2001年 10月
2001年 09月
2001年 08月
2001年 07月
2001年 06月
2001年 05月
2001年 04月
2001年 03月
2001年 02月
2001年 01月
カテゴリ
全体美術館
映画
音楽
サッカー
その他
旅
舞台
未分類
ファン
タグ
ジャズブログジャンル
福岡ユタカ+。仙波清彦+さがゆき+泉邦宏
代官山・晴れたら空に豆まいて で、大昔ピンクという広角型ロック・バンドのシンガーで表舞台のスタートをきり、その後は変幻自在のヴォーカリゼイションとサウンドの我が道を行く拮抗表現をつきつめんとしているシンガー/クリエイターを中心とする、セッションを見る。PC2人、ギター、ベース、ヴァイオリン奏者なども臨機応変に絡み、ゆったりとした即興を展開した。1時間半見たのだが、退出するときはPC2人によるパフォーマンスが続いていた。福岡が求めるインプロヴィセイションはミュージシャン間の会話というよりも、自分の世界との対話、場(の響き)との対話を重用する肉声の使い手だと、この日のギグ(声には自分でけっこうエフェクトをかけていた)を見て思った。そういえば、彼の曲がニュースステーションで使われていた昔、大きな川の近くにあった彼の自宅でインタヴューしたことがあったな。
その後は渋谷・Bar Issheeで、即興強者の3人による、諧謔性の高い完全インプロ合戦を楽しむ。打楽器(サンプラー・パッドを用いていてびっくり)の仙波清彦(2011年4月1日、他)、いろんな歌声や小物のさがゆき、各種リードや笛や肉声の泉邦宏(2011年7月10日、他)による自由自在丁々発止が延々。この3人によるパフォーマンスは初めてのよう。演奏が一応終了したあとも、さがと泉は一緒に肉声の饗宴を続けまくる。すごーく意気投合、これからは、トリトリトリオという名前で活動するとかしないとか。演奏終了後カウンターでごくごく飲んでいたら、学会が作ったウェイン・ショーターの短編映像作品を店主が見せてくれる。わー。入会したら娘も奥さんも死んじゃったけど、それにめげず先生の教えとともに生きてます、という内容?
<一昨日の、悲報。今日の、晴耕雨読>
今日はまがりくねった、奇妙な1日? 東京(と、ぼくが書くときは、FC東京のことであり、断じてヴェルディではありません)とJ1首位の仙台の試合を調布で見ようと思ったら、それはなんと仙台での試合であった。この週末は、東京も川崎も横浜も柏も、すべてアウェイの試合じゃないか。見に行こうと誘ってきた友人から、ごめんなさい勘違いしてましたと連絡があったのは、お昼少し前。雨天だったら見るのやだから当日券で行きましょう、と話し合っていた。一瞬がっかりしたが、サッカー試合の間違いに関しては免疫がある。1997年、クリスタル・パレスがプレミアにあがっている時期があって、出張中にそれを見ようとタクシーに小1時間のって、ロンドン郊外にあるそのホーム・スタジアムにかけつけたら、アウェイの試合だったということがあったのだ。現地のレコード会社の人にこの試合なら見れると言われて、行ったんだけどね。そのときは、その人がぼくのカードでチケットも予約してくれた。女性だったので、サッカーの試合には不慣れだったのか。その後、カードの引き落としはキャンセルがきいた。クリスタル・パレスのスタジアムは大きなスーパーの真横にあったんだけど、がらーん誰もいねー。でも、スタジアムを一瞥できただけでも、落胆しつつ少しうれしかったか。そんとき、一緒に行ったSくん元気ですかあ。と、忘却の彼方にあったことを、思い出しちゃった。てなわけで、まいっかと昼間からのんきに飲みはじめ、予定外の人と会い、なんか想定外に高価なご飯を食べ、気持ちよくできあがったあと気分の向くままライヴをはしごし……。やはり、世の中、どうなろうとどうにもなるもんだア。特に、都会は。そういう融通のきき具合を、“都会型晴耕雨読”とぼくは呼んでいる。なーんて、いま思いつきました。最後は、なじみの店の開店4周年のパーティに店主から来てネと数日前に脅されたので顔を出す。サッカー見ていたら、別の流れになっていて行けなかったかな。なんだかんだ、半日以上アルコールの入ったグラスを持ち続けていた1日。てな、気ままな、生理的に元気でもある生活、あとどのぐらい、ぼくはできるのかなー。
ザ・バンドの唯一の米国人であった、リヴォン・ヘルムが死んじゃった。
享年、71。ここのところ亡くなってしまったミュージシャンのなかではトップに悲しさを覚えたか。やっぱ、ザ・バンドが大好きなんだよなー。彼らは聞くシチュエーションを選ばないし、近年は飲むと猛烈に聞きたくなったりもする。とともに、やはりちゃんと取材の機会を持てて、強い印象を得ている人物だと、より思いは湧くのだと思う。
ヘルムにインタヴューしたのは、Jリーグが始まった翌年の1994年、ザ・バンドで来日したとき。あのころ、チームに入っててサッカーをそれなりにやっていて、彼らの新宿厚生年金会館公演があるので、前半だけ杉並での試合(そのとき、バカみたいに調子が良かったんだよなー)に出て後ろ髪ひかれる思いでコンサートに向かったのを良く覚えている。実は取材のさい、ヘルムは少し“明後日”の感じがあって、クスリをやっているのかと思えたりもした。でも、別れ際のとってもココロある対応/発言が鮮やかに記憶にのこっている。その質疑応答で、やはりロビー・ロバートソンとは相当に仲が良くないことも分かり、印象の良さもあり非ロバートソン組を応援するゾと、単純なオレは心に決めた。あのとき一緒に取材に応えたリック・ダンコも1999年に亡くなっているし、リチャード・マニュエルは1986年にこの世を去っているし。これで、ザ・バンドの人間度の高いロックを支えた3人の歌担当者は全員いなくなってしまった。
ちなみに、再結成してのザ・バンドの初来日公演(すでに、ロバートソンとは袂を分かつ、という形態になっていた)は1983年で、そのときの冠はケンタッキー・フライド・チキン。大ファンだったので記者会見にも行ったら、山盛りセットのフリー・チケットを複数枚もらった。父親ともよく絡んだ娘のエイミーがいた趣味性の高いバンドであるオラベル(2004年9月19日)を見たのももう懐かしい思い出だ。彼女は父親をちゃんと看取ったらしい。
さて、来月にはザ・バンドと同様、ぼくが途方もなく愛してやまなかったリトル・フィート(2000年12月8日)の来日公演がある。少し前に1970年代上半期のライヴが無料配信され、それはうれしく拝聴した。彼らの2000年の来日ライヴはジャム・バンド的流れにのり各人の楽器ソロ・パートを延々と垂れ流してて幻滅した記憶があるが、そんなのものともせず、見に行きたい。ビルボードライブでの公演だったら、演奏時間が限られるので、そうはならないのではないか。現在、リトル・フィートのホームページに行くと、今年1月にジャマイカでやったライヴの模様を公表しているが、それがザ・バンド曲の「アップ・オン・クリップル・クリーク」の映像(ビル・ペインのオルガンがけっこうガース・ハドソンぽい。なぜか、ステージ上には11人いる)と同「ラグ・ママ・ラグ」のオーディオ。ともに(いずれも、”チョコレート”とか”ブラウン・アルバム”とか一部で呼ばれるセカンド作収録曲だな)、素晴らしい! 日本でもザ・バンド曲をやってくれるか? そこでは、故ロウエル・ジョージの1979年ソロ作に入っていた「オネスト・マン」カヴァーのライヴ曲も聞けるが、それはアラン・トゥーサン(2011年1月10日、他)の曲みたいに聞こえる。
話は飛ぶが、ボニー・レイット(2007年4月7、8日)のジョー・ヘンリー(2010 年4月2、4日)制作新作『ストップストーム』(これも、全曲無料配信されていた。日本盤は5月下旬にビクターエンタテインメントから発売)は間違いなく、今年No.1の米国ロック作だ。聞き惚れる。ヘンリーはこの秋にもまた来日する予定もあるようだが、レイットについてはとんと来日から縁遠い。単独ではギャラとの折り合いが駄目でも、ジョン・フォガティ(2010年7月31日)のようにフェスに呼ばれるとかないのだろうか。
だらだら書いたついでに、もう一つ思い出を書いちゃおう。好きな人に影響を受けたバンドをやりたいというのは、とても自然な流れではありますね。でも、大学時代、リトル・フィートにもろに影響を受けたビートをやろうとしても、ザ・バンドみたいなことをやろうとは思わなかった。やはり、あれをやるには困難すぎると最初からあきらめていたのか。そのかわり、ザ・バンドが「(アイ・ドント・ウォント・トゥ・)ドント・ハング・アップ・マイ・ロックロール・シューズ」という1958年チャック・ウィリス曲(原盤は、アトランティック)をライヴ盤『ロック・オブ・エイジズ』でカヴァーしていたのに倣い(?)、「(ドント・ハング・アップ・)マイ・ロックンロール・ブーツ」というR&R曲を作り、バンドでやったことがあった。<ぼくのロックンロール・ブーツは世界中を飛び回り、興奮するとかかとが伸びる>、という内容の歌だった。ハハハ。あのころ、ぼくがいた音楽サークルは“SAシューズ”(←靴屋の店名。わかる人には分かる)にお世話になっていた人が少なくなかった。
あ、なんかマンドリン、ほしくなっちゃった。
by eisukesato
| 2012-04-21 11:41
| 音楽
